1974年 ロバート・ノージック
望んだ体験を望んだだけ味わえる機械。中身は作り物。それでもつなぎますか。
水槽につながれて、脳に信号を送られる。その中では、望んだことが望んだとおりに起きる。 大成功も、名声も、理想の関係も。つながっているあいだ、本人には作り物だと分からない。
ノージックはこう聞いた。「あなたはこれにつながりますか」
多くの人が「つながない」と答える。ここが本題だ。もし人が求めているのが「良い気分」だけなら、断る理由が1つも無い。
ノージックは3つ挙げた。実際にやりたい(体験するだけでなく、自分でやったという事実が欲しい)。そういう人間でありたい(機械の中の自分は、勇気も優しさも実際には発揮していない)。作られていない現実に触れたい(誰かが用意した筋書きの外に出たい)。
どれも「気分」の話ではない。人は、良い気分の手前にあるものを欲しがっている。
1974年には、これは完全な空想だった。いまは、部分的にもう売られている。
無限にスクロールできる短い動画。当たりが出続けるように調整されたゲーム。あなたに合わせて選ばれた投稿。どれも「望んだ刺激を、望んだだけ」に近づけようとしている。
つなぐか、と聞かれれば断る人が、毎晩3時間つないでいる。 全部か無かの問いにすると断れるが、少しずつなら受け入れてしまう、というのがこの問題の本当の怖いところだ。
「見た」と「行った」
絶景の動画を4K で見るのと、5時間かけて登って同じ景色を見るの。目に入る情報は動画のほうが上等なのに、後者を選ぶ人がいる。
選ぶ理由が「体験の質」ではないなら、それが経験機械を断る理由と同じものだ。
勝ちが止まらないゲーム
難易度を最低にして、必ず勝てる状態にすると、たいてい3日で飽きる。勝ちの気分だけを取り出すと、価値が抜ける。
負ける可能性が、勝ちに値段を付けている。
ばれない嘘の褒め言葉
本心でないと分かっている褒め言葉は、うれしくない。言葉として受け取る情報は同じなのに、後ろに事実が無いと効かない。
経験機械は、この「後ろに事実が無い」を人生ぜんぶに広げたものだと言える。
持ち帰るとしたら
「つながない」と即答した人ほど、昨日の夜に何時間つないでいたかを思い出してほしい。 この問題の面白さは、全部そこにある。
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