なんで初心者ほど「これ、簡単じゃん」と思うの?

その正体は、

ダニング=クルーガー効果

だにんぐ=くるーがー こうか/Dunning–Kruger effect

「できていない」と気づくには、できるのと同じ力が要る。だから始めたばかりのころは、自分の出来が見えない。

料理でも楽器でもプログラミングでも、始めて3日目に「意外と簡単」と思ったことはないでしょうか。1999年、アメリカの大学で、ユーモア・論理・文法のテストを受けてもらったあとに「自分はクラスで何位くらいだと思うか」を聞いた実験が、この仕組みを確かめました。成績が下から4分の1の人たちは、自分を上から4割あたりだと見積もっていたのです。ただし、出回っている「山と谷のグラフ」は論文に無く、差の大きさも揺れています。

確かめた人
ジャスティン・クルーガーとデイヴィッド・ダニング(1999年、コーネル大学。4つの実験で、学生45〜140人ずつ)
実験の中身
ユーモア・論理・文法のテストを受けてもらい、そのあと「自分の力はクラスの中で何位くらいか」を0〜99の目盛りで答えてもらう。成績が下から4分の1の人は、平均で12の位置にいたのに、自分を62と見積もった
名前の由来
2人の名前。論文の題は「下手で、それに気づかない(Unskilled and Unaware of It)」で、論文の中に「ダニング=クルーガー効果」という言葉は出てこない
よく出る場所
習い始めの「意外と簡単」・読み返したメールの「間違いは無い」・SNS で専門家に一言いいたくなるとき
揺れている所
出回っている「バカの山 → 絶望の谷」のグラフは論文のどこにも無い。差の一部は「みんな自分を少し上に見る」「極端な点は平均に戻る」という統計の見かけで出る、という指摘があり(2016年・2020年)、効き目の本当の大きさは揺れている

01テストのあとに、「自分は何位くらいだと思う?」

クルーガーとダニングは、コーネル大学の学生にテストを受けてもらいました。ジョーク30本の面白さを1〜11で点を付けてもらう実験(正解はプロのコメディアン7人の点)、論理の問題20問、文法の問題20問。どれも、終わったあとに1つ質問があります。「あなたの力は、クラスの中で何位くらいですか」。0がいちばん下、50がちょうど真ん中、99がいちばん上の目盛りで答えてもらい、本当の順位と並べました。

クルーガーとダニングの実験
  1. 1コーネル大学の学生に、ジョークの面白さを当てる・論理・文法のテストを受けてもらう。1つの実験で45〜140人

  2. 2終わったら、「あなたの力は、クラスの中で何位くらい?」を 0(いちばん下)〜50(ちょうど真ん中)〜99(いちばん上)の目盛りで答える

  3. 3成績で4組に分けて並べる。論理のテスト(140人)では、下の組は本当は13の位置にいたのに、自分を55と答えた。上の組は90の位置で76と、少し低めに答えた。4つの実験を合わせると、下の組は12の位置で62

  4. 4論理の解き方を10分練習してもらうと、下の組は「正解したと思う数」を5.3問から1.0問に下げた(本当は0.4問)。練習しなかった下の組は、5.8問から6.3問に、逆に上げた

どのテストでも、だいたいの人は自分を真ん中より上に置きました。ジョークの実験では、全員の平均が66。真ん中は50ですから、クラスの平均が「平均より上」になっています。でも論文が見ていたのは、そこではありません。成績が下から4分の1の人たちが、どこに自分を置いたか。ジョークの実験で、この人たちの本当の位置は12。自分の見積もりは58で、46ポイント上でした。論理で12の位置の人が68、文法で10の位置の人が67。4つの実験を合わせると、12の位置にいる人が、自分を62に置いていました。上の4分の1の人たちは逆に、少し低く見積もっていました。

ジョークの面白さは、人によって違うのでは。そう思って2人は、答えがはっきり決まる論理と文法でも同じことをし、「何問できたと思うか」という順位ではない聞き方も足しました。結果は同じ形でした。論理のテストで下の組の人たちは、20問中14.2問できたと思っていて、本当は9.6問。できなかったことが、できなかったと分かっていない。論文の題はそのまま「下手で、それに気づかない」です。

02なぜ、自分の出来が見えないのか。そして、どこまで本当か

2人の説明は1つで、それを確かめる実験が2つあります。そして、そのあと20年のあいだに、別の説明も出てきました。

  1. 「間違いに気づく力」は、「正しくやる力」と同じもの

    文法の間違いに気づくには、文法を知っていなければならない。論理の穴を見つけるには、論理が要る。つまり、できない人は、自分ができていないと判定する道具も持っていない。論文はこれを「二重の重荷」と呼んでいます。論理のテストのあと、自分の答案に○×を付けてもらうと(解き方を習う前の人たち)、全体では10問中6.3問が合っていたのに、下の組の人は3.5問でした。できなかっただけでなく、どれができなかったかも見えていなかったのです。

  2. うまい人の答えを見せても、直らない

    文法のテストから数週間後、下の組と上の組の人をもう一度呼んで、ほかの学生の答案5枚を採点してもらいました。下の組の採点は、本当の点とあまり合いません(相関.37。上の組は.66)。そのあと「あらためて、自分は何位くらいだと思うか」を聞くと、下の組の見積もりは動きませんでした。能力は66.8から63.2、テストの出来は60.5から65.4へ。誤差の範囲で、むしろ上がったほうもある。本当の位置は10です。見本を見ても、見本の良さが分からなければ、比べようがない。

  3. できるようになると、初めて見える

    ここが論文のいちばんの実験です。論理のテストのあと、半分の人に解き方を10分だけ練習してもらいました。すると下の組の人たちは、自分の見積もりを下げたのです。能力は55から44へ、テストの出来は51から32へ、正解したと思う数は5.3問から1.0問へ(本当は0.4問)。練習しなかった下の組は、何も変わらないどころか、正解数の見積もりを5.8問から6.3問に上げました。自分の下手さに気づく方法は、うまくなることだった。論文はこれを「逆説」と書いています。気づけるようになったときには、もう下手ではないので。

ただし、正直に言うと、揺れています。成績で4組に分けて、下の組の自己評価と本当の順位を並べる。この描き方そのものに、人の心とは関係なく差が出る仕組みがある、という指摘です。1つは、ほとんどの人が自分を少し上に見ること。2020年にワルシャワで929人に自分の知能を見積もってもらった研究では、見積もりの平均が124、実際に測ると102でした。全員が上に寄るなら、本当の位置が下の人ほど、差は自動的に大きくなります。もう1つは、極端な点は平均に戻ること。成績で「下の組」を選んだ時点で、その人たちの自己評価が成績より上に出るのは、統計として当然の部分がある。2016年には、0から100の乱数を2つ組にして同じ手順で描くと、自己評価の線は50のあたりで水平になり、「下の組は上に、上の組は下に見積もった」形がそのまま出る、という論文も出ました。

クルーガーとダニング自身も、この「平均に戻る」説明は論文の中で取り上げていて、2つの理由で退けています。下の組のずれは上の組の4倍あり、両端で同じにはなっていないこと。練習で見積もりが動いたことは、統計の見かけでは説明できないこと。一方で2020年の研究は、ずれの大きさが本当に下ほど大きいかを直接調べて差を見つけられず、「大部分は統計の見かけ」と結論しました。ただしその論文も、1999年の実験のずれは大きすぎて、見かけだけでは説明しきれないかもしれない、と書き添えています。いまのところの落ち着きどころは、こうです。「下手な人ほど自信満々」ではない。下手なうちは自分の下手さが見えにくい、は本当らしい。ただし、その差の大きさは、グラフが見せるほどではなさそうだ。

03身のまわりの「見えていない」

実験の外では、「何位くらいだと思う?」の質問を、自分で自分にしています。たいてい、答えは少し上に出ます。

習い始めの3日目ギターでも料理でもプログラミングでも、3日目の「意外と簡単」は、たいてい難所の手前で言っています。難所が難所だと分かるには、ある程度弾けなければならない。論理のテストで、練習する前の下の組の人たちが10問中5.3問できたと思っていたのと同じで、まだ見えていないだけです。半年続けて「自分はまだ全然だ」と感じたら、それは後退ではなく、物差しが育った証拠。練習したあとの人たちも、見積もりを下げました。
読み返したメールの「間違いは無い」文法のテストで、下の組の人たちは20問中12.9問できたと思っていて、本当は9.2問でした。読み返して「間違いは無い」と思うとき、見つけられるのは自分が知っている種類の間違いだけです。知らない間違いは、何度読み返しても見えない。だから大事なメールは、自分で読み返す回数を増やすより、1人に読んでもらうほうが効きます。
SNS の長い返信専門家の短い投稿に、それより長い返信を書きたくなる。その分野を少しかじったときほど起きます。文法のテストで、下の組の人たちはほかの人の答案の良し悪しも、うまく採点できませんでした。相手の答えの何が間違っているかを、自分の言葉で言えるか。送る前にそれを1回確かめるだけで、返信の長さが変わります。

場面ごとに見ると、こんなところに出てきます。

  • 学校では

    「この単元、意外と簡単」と思ったときほど、答え合わせを先にやる。分かったつもりは、間違えるまで分かったつもりのままです。解いたあと自分の答えに○×を付けてから答え合わせをすると、「できなかった問題」だけでなく「できなかったと分からなかった問題」が見えます。そこが、いちばん伸びる場所。

  • 仕事では

    新人のころの「もう大丈夫です」は、見えていない所がある前提で言うものです。自分では確かめようがないので、最初の1回は見てもらう相手を決めておく。教える側も同じで、うまい人の見本を見せるだけでは伝わりません(実験で、下の組の見積もりは見本を見ても動きませんでした)。本人の答えに1つずつ印を付ける形のほうが、届きます。

  • SNS・ネットでは

    「バカの山」のグラフを添えて誰かを笑う投稿を見かけたら、あのグラフは論文には無い、と知っておく。効き目そのものも、2016年と2020年の研究で「統計の見かけが混ざっている」と指摘されています。自分がどこにいるかは、自分には見えにくい。それがこの効果の中身なので、人に向けて使うより、自分の返信を送る前に使うほうが筋が通っています。

04「見えていない」と、うまく付き合うコツ

  1. 見積もりを先に書いて、答え合わせで差を見る

    実験でいちばん効いていたのは「何位くらいだと思うか」を先に答えさせたことです。やる前に数を書いておくと、あとで差が見える。差が見えれば、見えていなかった分が見える。書かなければ、できたような気がしたまま終わります。

  2. 「簡単じゃん」を、続ける理由にする

    3日目の「簡単」は、難所の手前のサインです。そこでやめる人がいちばん多いので、逆に言えば、そこを越えた人は少ない。簡単に感じているあいだに、次の難しいことを1つ足す。難しく感じ始めたら、それは見える範囲が広がったということです。

  3. 自分では見えない前提で、見てくれる人を1人持つ

    下手なうちは、自分の間違いも、うまい人の見本の良さも見えません。だから、見本を見るより、自分の答えに印を付けてくれる人のほうが効きます。メールなら1人に読んでもらう。練習なら、できていない所を1つだけ指してもらう。練習のあとの下の組の人たちが見積もりを下げたのは、解き方を教わって、自分の答えを自分で採点できるようになったからでした。

とはいえ、この効果を「下手な人は自信満々で困る」と読むのは、たぶん間違いです。論文の実験で、下の組の人たちは自分を真ん中より少し上に置いただけで、「いちばん上」と答えたわけではありません。そして10分の練習で、見積もりは本当の位置に近づきました。見えないのは、見る力がまだ育っていないから。それは育てられます。うまくなった直後に自信が下がるのは、その証拠です。

05もっと知りたくなったら

なかまの効果

次に気になりそうなこと

どうして「ダニング=クルーガー」という名前?
実験をした2人、ジャスティン・クルーガーとデイヴィッド・ダニングの名前です。ただし論文の中には、この名前は出てきません。論文の題は「下手で、それに気づかない(Unskilled and Unaware of It)」。書き出しは、1995年にピッツバーグで、顔にレモン汁を塗れば防犯カメラに映らないと信じて、変装なしで銀行2軒を襲った男の話から始まります。逮捕されて映像を見せられた彼は「でも、汁を塗ったのに」とつぶやいたそうです。間違った知識で動く人は、自分が間違っていることにも気づけない。論文の主張は、この一言に入っています。
「バカの山」のグラフは、本当に論文に無いの?
無いです。横軸に「知識」、縦軸に「自信」をとって、最初に高い山があり、谷に落ちて、ゆるやかな坂を登っていく、あの形。論文の図は4つあり、どれも横軸が成績の4組、縦軸が0〜100の順位、線が「自分の見積もり」と「実際の成績」の2〜3本です。山も谷もありません。誰がいつあの形を描いたのかは、ここでは確かめられていないので書きません。確かなのは、あの形を根拠に話をするなら、その根拠は1999年の論文ではない、ということだけです。
「統計の見かけ」って、どういうこと?
2つの仕組みが重なります。1つは、ほとんどの人が自分を平均より少し上に見ること。2020年の929人の研究では、自分の知能の見積もりの平均が124、実測が102でした。全員が上に寄るなら、本当の位置が低い人ほど、差は自動的に大きく出ます。もう1つは、極端な点は平均に戻ること。成績の「下の組」を選ぶと、その人たちは成績では下の端にいるので、自己評価が成績より上に出る方向にしか動けません。2016年の論文は、0から100の乱数を2つ組にして同じ手順で描くと、「下の組は上に、上の組は下に見積もった」形が出ることを示しました。2020年の研究は、ずれの大きさが本当に下ほど大きいかを直接調べて差を見つけられず、「大部分は統計の見かけ」と結論しています。ただし同じ論文が、1999年の実験1のずれ(46ポイント)は見かけだけでは説明しきれないかもしれない、とも書いています。
うまい人が自分を低く見積もるのは、なぜ?
論文の説明は「みんなもできたと思ったから」です。上の組の人は、自分の答案の出来(何問できたか)はほぼ正しく見積もっていて、大きく低く見積もったのは「クラスの中の順位」のほうでした。自分ができたので、まわりもできただろうと思った。これを確かめるために、文法のテストのあと、ほかの学生の答案5枚を採点してもらうと、上の組の人たちは自分の順位の見積もりを69.5から79.7に上げました(本当は88.7)。ほかの人の出来を見て、初めて自分の位置が分かった。下の組の人たちは、同じ答案を見ても、見積もりが動きませんでした。

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