なんで自分の持ち物は、高く売りたくなるの?

その正体は、

保有効果

ほゆう こうか/Endowment effect

持っているものは、持つ前より高く見える。もらったばかりのマグカップでも、売る値段は買う値段の2倍になった。

フリマに出した服が、1か月売れない。それでも、値段を下げる気がしない。「これは高くても仕方ない」。1990年、コーネル大学の教室で、配ったばかりのマグカップを売り買いしてもらう実験が、この「仕方ない」の正体を確かめました。買う人が払うと言った額の2倍を、売る人は求めたのです。

確かめた人
ダニエル・カーネマン、ジャック・クネッチ、リチャード・セイラー(1990年。コーネル大学やサイモンフレーザー大学の教室で、本当にお金と品物が動く形で)。前の年には、クネッチがマグカップとチョコの交換で同じ形を見ている
実験の中身
1席おきにマグカップ(売店で6ドル)を配る。持っている人には「いくら以上なら売るか」、持っていない人には「いくら以下なら買うか」を書いてもらう。売る側の真ん中は5.25ドル、買う側は2.25〜2.75ドル。11個が動くはずのところ、動いたのは1〜4個
名前の由来
リチャード・セイラーが1980年に付けた名前(1990年の論文がそう書いている)。持ち分(endowment)になった途端に、その物の値打ちが上がって見えることから
よく出る場所
フリマの値付け・無料お試しの解約・捨てられない服
揺れている所
答え方を練習させるなど手順を変えると、マグカップで差が出なかった実験がある(2005年)。ただし同じ手順でも、くじでは差が残り(2011年)、やり直すとマグカップでも差が出た(2015年)。取引に慣れた人では、差はほとんど消える(2003年)

01配ったばかりのマグカップが、2倍の値段になった

カーネマンたちは、コーネル大学の法と経済学の授業で、44人の学生に小さな市場を開きました。最初に売り買いするのは換金できる札です。「この札は、あとで実験者が◯ドルで買い取ります」。額は人によって違っていて、持っている人は「いくら以上なら売る」、持っていない人は「いくら以下なら買う」を紙に書く。損も得も計算できるので、理屈どおりに売り買いされるはずです。

コーネル大学のマグカップの実験
  1. 1最初は、あとで実験者が決まった額で買い取る「換金できる札」を売り買いする。11枚が動くはずのところ、3回やって12・11・10枚。理屈どおりに動いた

  2. 2次に、1席おきに大学のマグカップ(売店で6ドル)を配る。持っていない人は、隣の人のカップをよく見る。これで、持っている人と持っていない人ができた

  3. 3持っている人は「いくら以上なら売るか」、持っていない人は「いくら以下なら買うか」を紙に書く。売る側の真ん中は5.25ドル、買う側は2.75ドル

  4. 4値段が合えば売り買いが成立する。11個が動くはずだったのに、動いたのは4個。4回くり返しても1・2・2個で、売る側の5.25ドルは最後まで動かなかった

札のときは、ぴたりと理屈どおりでした。ところが同じ人たちが、同じ手順で、マグカップを売り買いした途端にずれます。売る側が「これ以上なら手放す」と書いた値段の真ん中は5.25ドル。買う側が「ここまでなら払う」と書いた真ん中は2.75ドルで、次の回からは2.25ドル。11個が動くはずの市場で、動いたのは4個、次は1個、2個、2個。論文は、回を重ねても、買う値段と売る値段が近づく気配はなかったと書いています。マグカップのあとに配ったボールペン(3.98ドルの値札つき)でも、同じでした。

カップを配ったのは、ほんの数分前です。思い出も愛着もありません。それでも、自分のものになった瞬間に、手放す値段が2倍になる。同じ論文の別の実験(サイモンフレーザー大学の77人)では、3つめの組を作りました。カップは持たず、値段ごとに「カップか、現金か」を選ぶだけの組です。この組の値段の真ん中は3.12ドルで、買う側の2.87ドルとほぼ同じ。高かったのは、売る側の7.12ドルだけでした。

02なぜ、持っているだけで高く見えるのか

論文の説明は1つで、そこから分かることが2つあります。3つに分けます。

  1. 手放すのは「損」、手に入れるのは「得」。損のほうが重い

    カーネマンたちの説明です。人は、同じ額なら失う痛みのほうを、得る喜びより重く感じます(損失回避)。持っている人にとってカップを手放すのは「損」で、持っていない人にとって手に入れるのは「得」。同じカップを、片方は損の側から、片方は得の側から値踏みしている。だから値段が合いません。1989年のクネッチの実験では、マグカップをもらった人の89%がチョコに替えず、チョコをもらった人の90%がカップに替えませんでした。どちらも持っていない人に選ばせると、カップが56%。好みはほぼ半々なのに、先に持ったほうを手放さないのです。

  2. 「自分のもの」になるのは、一瞬

    前からの説明では、保有効果は長く持っている物(愛着の湧いた物)の話でした。ところが実験では、数分前に受け取ったカップでも値段が跳ね上がります。論文はこれを「即席の保有効果」と呼び、700人以上で出たこの差は、愛着や思い出では説明できない、と書いています。脚注には、試しの実験での印象として、物を実際に手に持たせたほうが効き目が安定した、ともあります。基準の点(ここがゼロ)が、受け取った瞬間に動く。あとはその点から見て、手放すことはすべて損になります。

  3. 出し惜しみではなく、手放し惜しみ

    買う側の2.87ドルと、持っていない「選ぶだけ」の組の3.12ドルは、ほぼ同じでした。高いのは、売る側の7.12ドルだけ。つまり、お金を出したくないのではなく、手放したくない。別の117人(ブリティッシュコロンビア大学、値札を付けたまま)でも、7.00ドル・2.00ドル・3.50ドルと同じ形でした。論文はこれを、保有効果は主に売る側の問題だ、とまとめています。買うときの自分はふつうで、売るときの自分だけが高い値段を言う。

ただし、いつでも出るわけではありません。論文自身が、換金できる札のように、売るために持っている物では出ないと書いています。転売用の品や、同じ物がもっと安く手に入るときも同じで、手放すのを惜しむ理由がないからです。それに、慣れも効きます。2003年にフロリダのスポーツカードの見本市で、来た人に記念品を1つ渡して、別の記念品と交換するか聞いた実験では、ふだん取引の少ない人は7%しか交換しなかったのに、月に6回以上取引する人は47%、業者は44〜46%が交換しました(好みが半々なら、半分が交換するはずです)。慣れた人ほど、持ったものを手放せる。

もう1つ、手順の話があります。2005年に、値段の答え方を練習させ、練習の回にもお金を払い、誰がいくらと書いたか分からないようにして測ったところ、マグカップで売る値段と買う値段の差が出ませんでした。論文は「手順しだいで、この現象は点いたり消えたりする」と書いています。ただ、同じ手順でもくじ(確率と賞金が決まった賭け)では差がはっきり残ったという報告が2011年に出て、2015年に同じ手順をやり直した実験では、マグカップでも差が残りました。決着はついていません。「持っているものを高く見る」は何度も出ている。「それが損失回避のせいか、測り方のせいか」は、まだ揉めている。そういう落ち着きどころです。

03身のまわりの保有効果

実験の外では、マグカップの役を、出品した服や、1か月使ったアプリがやっています。

フリマの値付け出品してから1か月売れないものには、たいてい買う側ではなく、手放す側の値段が付いています。実験の売る側と同じで、自分には「これは高くても仕方ない」理由がある。でもその理由は、買う側には見えません。買う側の値段は、持っていない人の値段。実験で言えば「選ぶだけ」の組の値段です。自分の値付けは2倍ほど高く出ている、と最初から割り引いておくと、売れ残りが減ります。
無料お試しの解約試す前は「要らないかも」だったものが、1か月使うと「ないと困る」に変わる。機能は同じです。変わったのは、持っていない側から「手に入れるか」を見ていたのが、持っている側から「失うか」を見るようになったこと。無料期間は、この切り替えを買っています。実験では、受け取った数分後にはもう手放しにくくなっていました。1か月あれば、十分です。
捨てられない服2年着ていない服を、いま店で見かけたら買うか。買わないなら、それは着ないまま持っているだけです。「まだ着られる」は着る理由ではなく、手放す痛みを避ける理由になっています。持っている側から見ると、どの服も捨てるのは損。持っていない側から見直すと、ほとんどは買わない服。同じクローゼットが、どちらから見るかで変わります。

場面ごとに見ると、こんなところに出てきます。

  • お金・買い物では

    フリマで値段が付かない、サブスクをやめられない、クローゼットが減らない。全部、持っている側から値段を見ているときに起きます。値段を付ける前に、持っていない側へ回る。売るなら、同じ品が実際に売れた値段を先に見てから自分の額を決める。無料お試しは、始める日に「終わる日」と「やめる条件」を書いておく。片づけは「捨てるか」ではなく「買い直すか」で見る。自分の手に入ってからでは、値段はもう高くなっています。

04振り回されないためのコツ

  1. 「いま持っていなかったら、買うか」と聞き直す

    手放すかどうかを、持っている側から見ると、全部が損になります。だから、聞き方を変える。「捨てるか」ではなく「この値段で、買い直すか」。実験では、カップを持っていない「選ぶだけ」の組の値段は、買う側とほぼ同じでした。持っていない側へ回れば、値段はふつうに戻ります。片づけで迷う物は、この1問で大半が決まります。

  2. 売るときは、自分の値段を先に割り引く

    実験の売る側は、買う側の2倍ほどの値段を言いました。しかも、4回くり返しても下がらなかった。自分の値付けも、たぶん同じくらい高く出ています。同じ品が実際に売れた値段を先に見て、自分の額はそこから決める。「これは状態がいいから」の分は、買う側には見えません。慣れた業者が交換を渋らなかったように、売る回数を重ねることも効きます。

  3. 自分のものになる前に、線を引く

    基準の点は、受け取った瞬間に動きます。動いてから決めると、どうしても手放す側の値段になる。だから、手に入る前に決めておく。無料お試しは、始める日に解約の日を予定に入れる。試着や取り置きは、「買う条件」を先に口に出してから手に取る。持ってから考えるのは、売る側の席で考えるのと同じです。

とはいえ、持っているものを大事にすること自体は、悪いことではありません。論文も、売り切れた公演の券や、気に入った眺めのように、代わりのきかない物でこそ保有効果は出る、と書いています。手放したくない気持ちは、愛着の仕組みそのものでもある。知っておくことは1つ。「持っているから価値がある」は、たいてい「持っているから高く見えている」。買い直すか、で見直すと、物も、値段も、少し軽くなります。

05もっと知りたくなったら

なかまの効果

次に気になりそうなこと

どうして「保有」という名前?
1980年に、リチャード・セイラーが付けました(1990年の論文が、そう書いています)。英語は endowment effect。endowment は「与えられたもの・持ち分」で、物が自分の持ち分になった途端に、その人にとっての値打ちが上がることを指します。1990年の論文は、これを損失回避(同じ額なら、失うほうが重い)の現れだと説明しました。日本語の「保有」は、持っていること。持っているだけで効く、という名前です。
慣れている人なら、起きない?
起きにくくなります。2003年に、フロリダ州オーランドのスポーツカードの見本市で、148人(業者74人・一般74人)に記念品を1つ渡しました。カル・リプケン・ジュニアの試合の半券か、ノーラン・ライアンの記念の証明書です。もう一方と交換するか聞くと、全体では33〜35%。好みが半々なら半分が交換するはずなので、持ったほうを手放していません。ところが、業者は44〜46%が交換し、一般のうち月に6回以上取引する人は47%(30人中14人)が交換。月6回未満の人は6.8%でした。別の場所(エプコットの記念ピンの市場)でも同じ形です。論文は「経験で消えるのか、もともと取引が好きな人が業者になるのか」を分ける実験もして、経験そのものが効いていると結論しています。
愛着があるから高いんじゃないの?
長く持っている物なら、愛着も乗っています。1990年の論文も、長く持った物の保有効果なら、思い入れや使い慣れで説明できるかもしれない、と書いています。でも実験のカップは、受け取ってから数分です。それでも売る値段は買う値段の2倍になり、4回くり返しても下がらなかった。700人以上で出たこの差は、愛着や思い出では説明できない、というのが論文の言い分です。脚注には、試しの実験での印象として、物を実際に手に持たせたほうが効き目が安定した、とあります。愛着が先にあるのではなく、手に持った瞬間に「自分のもの」になり、そこから愛着が育つ。順番が逆なのです。
本当に、何度やっても出る効果?
「出る」こと自体は、何度も出ています。揉めているのは「なぜ出るか」です。2005年に、カリフォルニアの大学で、答え方の仕組みを説明し、練習を16回(うち14回はお金が動く)やってから、匿名でマグカップの値段を書いてもらった実験では、売る値段と買う値段に差が出ませんでした(ある回では、どちらも真ん中が5.00ドル)。同じ研究者が1990年の手順をそのまま追試した回では差が出ているので、論文は「手順しだいで点いたり消えたりする。損失回避の証拠とは言えない」と書いています。ところが2011年に、同じ研究の未発表のデータでは、同じ手順でもくじでは差が残っていたという報告が出て、2015年に同じ手順をやり直した実験では、マグカップでも差が残りました(練習でミスをしなかった人だけに絞っても)。「持っているものは高く見える」は本当で、「それが損失回避のせいだ」は、まだ決着がついていない。そういう落ち着きどころです。

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