なんでつまらない映画を、最後まで見ちゃうの?

その正体は、

サンクコスト

埋没費用/Sunk cost

払ってしまったお金や時間は、もう戻らない。なのに「もったいない」が、次の判断を引っぱる。

始まって30分で、はずれだと分かった映画。それでも席を立たない。「ここまで見たし」。1985年、アメリカの大学の劇場で、季節券の値段を変えて売るだけの実験が、この「ここまで」の正体を確かめました。

確かめた人
ハル・アークスとキャサリン・ブルーマー(1985年、オハイオ大学の劇場で)
実験の中身
劇場の季節券を 定価・2ドル引き・7ドル引き のどれかで売り、そのあと半年で何回観に来たかを半券で数えた
名前の由来
経済学の言葉。払ってしまって取り戻せない費用が「沈んだ(sunk)費用」。アークスたちは、払ったぶんだけ続けたくなる傾向を「サンクコスト効果」と呼んだ
よく出る場所
つまらない映画・食べ放題の最後の1皿・長い行列・「ここまで続けたのに」
揺れている所
動物も引っかかるか。1999年の総説は「はっきりした例は無い」、2018年の実験は「マウスもラットも人と同じ」

01定価で買った人ほど、劇場に来た

アークスとブルーマーは、オハイオ大学の劇場で季節券(その季節の公演10回を見られる券)を買いに来た人に、小さな仕掛けをしました。窓口で「季節券をください」と言った人に、定価の15ドル・2ドル引き・7ドル引きのどれかを、先に決めておいた順番で売ったのです。割引は「劇場の宣伝です」と伝えただけで、本人が選んだわけではありません。

オハイオ大学の劇場の実験
  1. 1季節券を買いに来た最初の60人に、定価15ドル・2ドル引き・7ドル引きのどれかを、先に決めた順番で売る。割引の理由は「宣伝です」とだけ

  2. 2券は値段ごとに色が違う。公演のたびに入口で半券を集めて、どの値段の人が何回来たかを数える

  3. 3最初の5回の公演では、定価で買った人は平均4.1回、割引で買った人は3.3回。高く払った人ほど、よく来た

  4. 4あとの5回(買ってから半年〜9か月)では 2.3回・1.8回・2.2回で、差は消えた。払った額の効き目は、半年ほどで薄れた

券を手にしたあとは、どの公演に行くかは「その夜、行きたいかどうか」で決めればいいはずです。値段は先に払い終わっていて、行っても行かなくても戻ってきません。それなのに、高く払った人のほうが、前半の公演によく来ました。値段はくじ引きのように割り当てたので、「熱心な人が定価で買った」のではありません。払った額そのものが、足を劇場へ向かわせていた。これがサンクコスト(埋没費用)の効き目です。

紙の質問でも同じことが起きます。「100ドルのミシガンのスキー旅行と、50ドルのウィスコンシンのスキー旅行を買ってあった。楽しそうなのはウィスコンシンのほう。ところが同じ週末だと分かった。どちらも返せない」。楽しいほうへ行けばいいだけなのに、61人のうち33人が、高いほうのミシガンを選びました。航空会社の社長になったつもりで「1000万ドルかけたレーダーに映らない飛行機が9割できたところで、他社がもっと速くて安い機体を売り出した。残りの1割の予算を出すか」と聞くと、48人中41人が「出す」。同じ状況で「まだ1ドルも使っていない」と聞くと、60人中10人しか出しませんでした。

02なぜ「もったいない」が勝つのか

払ったお金は、続けても戻りません。それが分かっていてもやめられない理由を、論文は3つの方向から確かめています。

  1. 無駄にしたと、思いたくない

    論文がいちばん推している説明です。3ドルで買った冷凍の夕食と、同じものを5ドルで買い足した夕食。どちらか1つしか食べられないとすると、89人のうち21人が5ドルのほうを選び、3ドルを選んだのは2人でした。中身は同じなのに、高いほうを捨てるのは「もったいなく見える」。続けるのは、「無駄にした」と認めずに済む道なのです。

  2. やめた瞬間に、損が確定する

    続けているあいだは、「まだ取り返せるかも」という目があります。やめた瞬間に、使った分は「損」として固まる。人は確実な損をとくに嫌うので、「やめる(確実な損)」より「続ける(うまくいくかも)」に傾きます。実際、飛行機の開発を続けるか聞かれた人は、完成したら成功する見込みを、まだお金を使っていない人より高く見積もっていました(100点満点で41点と34点)。続けたい気持ちが、見込みのほうを引き上げます。

  3. 自分で決めたことだと、認めにくい

    自分が社長として1000万ドルを出した設定では48人中41人が「続ける」、よその会社の話として聞いたときは58人中37人でした。他人事でも強く出ますが、自分の決定だとさらに強い。論文が引いている別の研究でも、うまくいかなかった投資を自分で決めた人ほど、そこにお金を足していました。ただし、自分のお金が掛かっていなくても同じくらい高いほうの旅行を選んだ実験もあり、自分事かどうかで強まるかは「まだはっきりしない」と論文は書いています。

ちなみに、経済学を学べば引っかからなくなる、ということもありません。経済学の授業で、経済学の先生がスキー旅行の質問を配っても、高いほうを選んだ割合は心理学の学生と変わりませんでした(61人中20人)。知っていても、「もったいない」のほうが先に動くのです。

03身のまわりのサンクコスト

劇場の券を、映画や食べ放題や行列に替えても、同じ形が出てきます。

つまらない映画30分で「はずれだ」と分かった映画を、最後まで見てしまう。論文の中でも、多くのつまらない映画が最後まで見られるのは、そう気づいた時点でもう何分かとお金を使っているからだ、と書かれています。ここで席を立っても、払った料金と30分は戻らない。戻らないもののために、残りの90分まで差し出しています。
食べ放題の最後の1皿もう入らないのに、「元を取らなきゃ」と1皿取る。払った額は、何皿食べても戻ってきません。増えるのは苦しさだけ。5ドルの冷凍夕食を捨てられなかった人と同じで、「払ったぶんを無駄にした」と感じたくないだけです。この例のいいところは、損が体で分かること。
長い行列40分並んだ店で、「ここまで並んだし」とさらに待つ。過ぎた40分は、どちらを選んでも戻りません。ただし行列は、待つほど順番が近づきます。論文もバスを待つ例を引いて、「待ち続けるのが理にかなうこともある」と書いています。数えるのは過ぎた40分ではなく、「あと何分で、それに見合うか」のほうです。

場面ごとに見ると、こんなところに出てきます。

  • お金・買い物では

    食べ放題の「元を取る」は、払った額をあとから取り戻そうとする言い方。でも、取り戻せるものは何もありません。満腹になった時点で、その日の勝負は終わりです。買ったけど合わなかった服や道具も同じで、「高かったから使わなきゃ」と使い続けるほど、沈んだお金に時間まで足していきます。

  • 仕事では

    「1年かけてここまで進めた企画」「資格を取るのに2年かかった仕事」。年数は、これからうまくいくかを何も教えてくれません。論文の冒頭にも「この仕事を続けるべきか。この地位に就くのに1年も訓練したのに」という例が挙がっています。飛行機の質問と同じで、9割まで進んだことは、残りの1割を出す理由にはならない。「いま初めてこの話が来たら、始めるか」で聞き直すと、答えが変わることがあります。

  • 恋愛では

    「ここまで付き合ったのに」は、いちばん重い「ここまで」。論文もこれを「不幸な関係を続けるべきか。もうこんなに注いできたのに」と書いています。続けた年数と、これからの居心地は別の話。ただし、全部をサンクコストと言い切るのも乱暴です。積み上げた信頼や、一緒にいて楽な時間がまだ生きているなら、それは沈んでいません。見分ける問いは「これから何が残るか」だけです。

04「もったいない」に振り回されないコツ

  1. 「ただでもらったとしたら」と聞き直す

    払った額をいったんゼロに置いて、「それでも今夜行くか」「それでも続けるか」。劇場の実験の裏返しです。ゼロに置いても続けたいなら、それは中身で選んでいます。

  2. 降りる条件を、始める前に決めておく

    「30分見て面白くなければ出る」「3か月で手応えが無ければやめる」。苦しくなってから決めようとすると、「もったいない」が先に出てきて、まず決められません。先に決めておけば、やめるのは失敗ではなく予定どおりです。

  3. 戻るものと、戻らないものを分けて数える

    過ぎた時間と払ったお金は、どちらを選んでも戻らない。だから数に入れない。数えるのは、これから使う時間と、これから起きることだけ。行列の「あと何分」や、積み上げた信頼のように、まだ生きているものは数えていい。

とはいえ、「払ったぶんは取り返したい」と思うのは、無駄を嫌う気持ちそのものです。それ自体は悪いものではありません。ただ、沈んだものは、どう頑張っても引き上げられない。それを知っていれば、つまらない映画の途中で席を立つことも、「ここまでやったのに」と言いかけた口を一度閉じることも、少しだけ楽になります。

05もっと知りたくなったら

なかまの効果

次に気になりそうなこと

経済学を勉強すれば、引っかからなくなる?
論文の最後の実験で確かめています。心理学の学生120人(経済学の授業を受けたことがある59人・無い61人)と、経済学の授業を受けている最中の学生61人に、スキー旅行の質問を出しました。経済学の学生には、その学期に教科書と講義でサンクコストを教えたあとで、経済学の先生が授業中に配っています。それでも高いほうの旅行を選んだのは、経済学の学生が61人中20人、心理学の学生が59人中19人と61人中22人。差はありませんでした。知っていることと、その場で使えることは別のようです。
続けると、本当にうまくいく気がしてくる?
してきます。飛行機の開発の質問で「完成したら商売として成功する見込み」を0〜100で答えてもらうと、すでに1000万ドル使った設定の人は平均41、まだ使っていない設定の人は平均34でした。同じ飛行機、同じ他社の状況です。続けたい気持ちが先にあって、見込みのほうがそれに合わせて動いている。ただし論文は「見込みが高いから続けるのか、続けたいから見込みが上がるのか、その両方か」は分からない、と正直に書いています。
「コンコルドの誤り」って、同じもの?
同じものの別名です。1999年の総説(アークスとエイトン)によると、「コンコルドの誤り」は動物の行動について使われてきた呼び名で、「サンクコスト効果」は人間向けの呼び名でした。その総説は、動物にはっきりしたサンクコスト効果の例は無く、小さい子どもは大人より正しく選ぶ、と述べています。大人だけが「無駄にするな」のルールを広げすぎている、という説明です。
ネズミも引っかかる?
ここは揺れています。1999年の総説は「動物にはっきりした例は無い」としましたが、2018年にサイエンス誌に出た研究では、マウス・ラット・人に同じ形のえさ探しの課題をさせると、3種とも同じように「ここまで待った時間」に引きずられました。しかも、効いたのは「待つと決めたあと」の時間だけで、決める前に考えていた時間は効いていません。論文自身も「種をまたいだ報告は食い違っている」と書いていて、動物が引っかかるかどうかは、課題の形しだいで答えが変わるところです。

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