なんで旅行の印象は、最終日で決まるの?

その正体は、

ピーク・エンドの法則

ぴーく・えんど の ほうそく/Peak-end rule

体験の記憶は、いちばん強かった瞬間と、終わり方で決まる。長さは、ほとんど数えられない。

4日間ずっと楽しかったのに、帰りの飛行機が遅れただけで「散々な旅だった」になる。1993年、アメリカの大学で、冷たい水に手を入れてもらうだけの実験が、この仕組みを確かめました。つらい時間が30秒多いほうを、多くの人が「もう一度」と選んだのです。

確かめた人
ダニエル・カーネマンら(1993年、カリフォルニア大学の学生32人で)
実験の中身
14度の水に手を60秒つける回と、同じ60秒のあと水を少しぬるくして30秒長くつける回を体験してもらい、「3回目はどちらをやるか」を選んでもらう
名前の由来
カーネマンたちの言葉「peak & end(山と終わり)」。いちばん強かった瞬間と最後の瞬間の平均で、体験の評価がほぼ決まる、という意味
よく出る場所
旅行の最終日・ライブのアンコール・店を出るときの一言
見分け方
「全体としてどうだった?」と聞かれて、思い出すのが最後の場面ばかり

01冷たい水に60秒。そのあと、少しぬるい30秒を足す

カーネマンたちは、学生32人に「不快さの判断についての研究です」と言って、冷たい水に手を入れてもらいました。水は14度。かなりつらいけれど、我慢はできる冷たさです。手を入れているあいだ、つらさを「不快メーター」のつまみで刻々と伝えてもらいます。回は2つ。短い回は、片方の手を14度の水に60秒。長い回は、もう片方の手を14度の水に60秒入れたあと、そのまま30秒長く入れる。ただしその30秒のあいだに、水を少しだけ(15度まで)ぬるくします。まだ不快だけれど、ほとんどの人には、はっきり楽になる温さです。

カーネマンたちの冷たい水の実験
  1. 1学生32人に「冷たい水に手を入れてもらいます」。手を入れているあいだ、つらさをつまみで刻々と伝える(0〜14の目盛り)

  2. 2短い回は、14度の水に60秒。長い回は、同じ60秒のあと、水を少しぬるく(15度)して30秒長く入れる。長い回には、短い回の全部が入っている

  3. 3手を入れているあいだのつらさは、60秒まで2つの回でほぼ同じ(8.4と8.3)。長い回の最後の30秒だけ、少し下がる。下がったあとも、まだ不快な水

  4. 4「3回目は、どちらをもう一度やりますか」。32人のうち22人が、長いほうを選んだ。つらい時間が30秒多い回を、もう一度

長い回には、短い回の全部が入っています。つらい時間の合計は、必ず長いほうが多い。それでも、32人のうち22人(69%)が長いほうを選びました。選んだあとの比べでは、多くの人が「長いほうが全体として楽だった」「いちばん冷たかった瞬間も、長いほうがまし」と答えています。でも計器の数字では、60秒までの2つの回は同じでした。違ったのは、終わり方だけ。最後の30秒が少し楽だったので、記憶の中では「全体」が楽になった。論文には、2つの回の長さを比べたあとで「自分の選択は、あまり筋が通っていない気がする」とつぶやいた学生のことが書かれています。

カーネマンたちは、同じ年の別の論文で、これを「peak & end(山と終わり)の法則」と名付けました。いちばん強かった瞬間(ピーク)と最後の瞬間(エンド)の平均で、体験の評価がほぼ決まり、長さは、ほとんど数えられない。長さが数えられないことのほうには「持続時間の無視」という名前も付いています。大腸の内視鏡検査を受ける患者154人に、検査中60秒ごとにつらさを答えてもらった研究でも、あとで「全体としてどれくらいつらかったか」を決めていたのは、いちばんつらかった瞬間と最後の3分で、検査が長かった人が特につらい記憶を持っていた、ということはありませんでした。

02なぜ、長さが数えられないのか

長い回のほうがつらいのは、計算すれば分かります。それでも長いほうを選ぶ理由を、カーネマンたちの論文と、そのあとの講演から3つ。

  1. 記憶は録画ではなく、何枚かの写真

    映像で同じ実験をしたフレドリクソンとカーネマンは、小説家クンデラの言葉を借りています。「記憶は映画を撮らない。写真を撮る」。全部を録画していれば、長さはそのまま残る。でも写真が何枚かなら、長さはどこにも写っていません。残るのは、いちばん強かった一枚と、最後の一枚。その2枚の平均が、「あの体験はどうだったか」の答えになります。

  2. 長さを忘れているのではなく、使っていない

    冷たい水の学生たちは、長さを忘れていたわけではありません。「どちらが長かったか」を聞くと、平均ではちゃんと長い回を長いと答えていました。それなのに、どちらを選ぶかは、長さの判断とはほとんど関係が無く、「全体としてどちらがつらかったか」の判断とほぼ一致していた。知っていることと、選ぶときに使うことは別です。論文はこれを「注意の問題」と呼んでいます。長さを使えないのではなく、手がかりとして見ていない。

  3. 選んでいるのは、「覚えている自分」

    カーネマンは2010年の講演で、人の中には「体験する自分」と「覚えている自分」がいる、と言っています。体験する自分は、今この瞬間だけを生きる。覚えている自分は、物語を持ち帰って、点を付ける。そして次に何をするかを決めるのは、覚えている自分のほうです。私たちは体験と体験を比べて選んでいるのではなく、体験の記憶と記憶を比べて選んでいる。冷たい水の学生たちも、自分の記憶を信じて選びました。記憶が頼りにならないとは、ふつう思わないので。

ただし、論文は「長さがいつも無視される」とは書いていません。思っていたよりずっと長い、ずっと短いというときは効くだろうし、楽になっていく途中なのか、つらくなっていく途中なのか(向き)も効く、と断っています。1998年の別の研究では、熱の刺激で、最後の強さと後半の向きがいちばん効き、刺激の強さが途中で変わるときは長さも効いていました。山と終わりだけで全部が決まる、というほど単純ではない。「長さが、思ったより数えられていない」くらいが、確かめられている範囲です。

03身のまわりのピーク・エンド

実験の外では、「少しぬるい30秒」の役を、旅の最終日や店の出口がやっています。

旅行の最終日4日間楽しかったのに、帰りの飛行機が3時間遅れると、「散々な旅行だった」になる。逆に途中で雨に降られても、最後の夜が良ければ「いい旅だった」で終わる。カーネマンは講演で、覚えている自分にとって、2週間の休暇は1週間の休暇とほとんど変わらない、と言っています。新しい記憶が足されないから。日数は、記憶の中に入っていません。
ライブのアンコール本編でいちばん盛り上がった曲を、最後にもう一度やる。山と終わりを同じ曲で作る、法則そのままの形です。この法則を知って生まれた仕組みではないでしょうが、終わりに山を置くことの効き目は、冷たい水の実験と同じ。2時間のライブで持ち帰る写真は、その5分かもしれません。
店を出るときの一言料理が普通でも、帰りぎわに気持ちのいい一言があると「いい店だった」になる。逆に料理が良くても、会計で長く待たされると、その待ち時間が店の記憶になる。内視鏡検査の研究では、最後の数分を少し楽にしただけで、検査全体の記憶が楽になりました(下の「次に気になりそうなこと」に数字があります)。最後の30秒が、2時間を代表します。

場面ごとに見ると、こんなところに出てきます。

  • 仕事では

    長い1日の記憶も、終わり方で決まります。夕方にトラブルが来ると、朝からの8時間が「ひどい日」になる。だから最後の15分は、片づけとメモに使って「区切った」感じで終える。長い日ほど、最後の15分は安く買えます。報告や発表も同じで、聞いた人に残るのは、いちばん強かった一点と、締めの一言です。

  • 友達では

    楽しかった集まりが、帰りぎわのひと言で「あの日は微妙だった」になる。逆もあります。「今日は微妙だった」と思ったら、微妙だったのは終わり方だけではないかと、途中を思い出してみる。それから、自分が帰るときの一言を、少しだけ丁寧に。それだけで、相手の中のその日が変わります。

  • 恋愛では

    デートの記憶を決めるのは、行った店の数でも時間の長さでもなく、帰り道と別れ際です。だから詰め込むより、終わりの一場面を大事にする。逆に、相手を見るときは、別れ際がぎこちなかっただけで「合わなかった」と決めない。それは終わりの一枚の写真で、全部ではありません。

04振り回されないためのコツ

  1. 終わりを、自分で決める

    旅行の最終日、1日の最後の15分、集まりの帰りぎわ。長い時間を全部よくするのは高くつきますが、終わりだけなら安い。冷たい水の実験でも、記憶を変えたのは、たった30秒のぬるい水でした。最後に何を置くかは、たいてい自分で選べます。

  2. 「全体の点」を付ける前に、途中を並べ直す

    記憶は2枚の写真で採点します。だから、何かを「良かった」「ひどかった」と決める前に、最初から順に何があったかを思い出す。内視鏡の患者さんが60秒ごとに答えた記録のように並べ直すと、点が変わることがあります。人を評価するときも同じです。

  3. 山は1つでいい

    2週間の休暇は、1週間の休暇とほとんど変わらない、とカーネマンは言いました。長さが数えられないなら、長くするより、強い瞬間を1つ作るほうが記憶には効きます。予定を詰めるより、1つに賭ける。

とはいえ、「覚えている自分」の点がすべてではありません。「体験する自分」は毎秒を生きていて、待ち時間の退屈も、最後が良かったからといって消えはしない。カーネマンたち自身、冷たい水で長いほうを選んだのは「間違い」だと書いています。記憶を整えることと、体験そのものを良くすることは別。両方を知っていれば、終わりに手をかけながら、途中の時間も安く見積もらずに済みます。

05もっと知りたくなったら

なかまの効果

次に気になりそうなこと

どうして「ピーク・エンド」という名前?
1993年、フレドリクソンとカーネマンは、前の年の実験のデータを読み直しました。他人の「不快さの記録」を見て、その体験を評価してもらう実験です。すると、いちばん強かった瞬間(peak)と最後の瞬間(end)の点を足すだけで、評価のばらつきの94%が説明できた。長さを足しても、説明できる分は3%しか増えなかった。2人はこの単純な決まりを「peak & end rule」と呼びました。同じ年の冷たい水の論文では「peak-and-end のパターン」と書かれています。長さが数えられないことのほうは「持続時間の無視(duration neglect)」という名前です。
悪い終わりを足すと、本当に悪くなる?
カーネマンは講演で、ある聴衆の話を紹介しています。素晴らしい交響曲の録音を聴いていたら、最後にひどい雑音が入って、「全部が台無しになった」と、かなり感情的に。でもカーネマンは言います。台無しになったのは体験ではなく、記憶のほうだ。20分の素晴らしい音楽は、ちゃんと聴いている。ただ、持ち帰れるのは記憶だけなので、記憶が台無しになると、全部が台無しに見える。良い終わりを足すと楽になるのと、同じ仕組みの裏返しです。
長さは、いつも無視される?
いいえ。冷たい水の論文自身が「長さがいつも無視されるとは言わない」と断っていて、思っていたよりずっと長い・ずっと短いときは効くだろう、と書いています。内視鏡検査の研究者も、手術までの待ち時間のように長さそのものが目立つときや、陣痛のように長さと強さが一緒に増えるときは、長さも効くと書いています。無視されるというより、「どれくらい続いたか」が、終わりとピークの陰に隠れやすい、ということです。
検査の最後を、わざと長くするのは「あり」?
2003年に、本当に試した研究があります。大腸の内視鏡検査を受ける患者682人を2つに分け、半分は検査の最後に、内視鏡の先を動かさずに最大3分そのままにしてから抜きました(吸引も送気もしない)。検査は1分ほど長くなり、最後の数分のつらさは下がった(10点満点で1.7と2.5)。記憶の中の検査全体のつらさも、少し楽になった(4.4と4.9)。5年ほどあとにもう一度検査を受けに来た人は、全体ではおよそ半分で、患者の事情をそろえて比べると、長くしたほうが少し多かった。ただし差は小さく、そろえる前の数字では差があるとは言えません。1993年の論文は、「記憶を良くするためだけに余分な痛みを足す」ことに、患者が同意するのかという問題も指摘しています。

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