なんで「昔の家電は丈夫だった」と思うの?

その正体は、

生存者バイアス

せいぞんしゃ ばいあす/Survivorship bias

残ったものだけを見て、残った理由を考えてしまう。消えたものは、消えたという事実ごと消えているのに。

40年動いている冷蔵庫を見て「昔の家電は丈夫だった」。成功した人の「毎朝4時に起きました」。どちらも、目の前にあるのは残った側だけです。1943年ごろ、帰ってきた爆撃機の弾痕から「帰ってこなかった機体」の弱さを見積もろうとした統計学者の覚え書きが、この見落としを計算で扱った例としてよく語られます。ただし、よく語られる場面の多くは、その覚え書きには書かれていません。

確かめた人
エイブラハム・ウォルド(1943年ごろ、コロンビア大学の統計研究グループで書いた覚え書き。外には出ず、1980年に復刻されて読めるようになった)
覚え書きの中身
出撃した機数と、帰ってきた機体の穴の数・場所だけから、帰ってこなかった機体も含めた「1発当たって落ちる確率」を部位ごとに見積もる計算。例は仮の数字で書かれている
言葉の意味
英語の survivorship は「生き残り」。生き残ったものだけが目の前に残り、消えたものは数に入らない、という偏り
よく出る場所
「昔の家電は丈夫だった」・成功した人のインタビュー・「あのやり方で乗り切れた」の記憶
気をつける所
「軍は穴の多い場所を守ろうとした」「ウォルドは、弱い部位ほど帰ってきた機体に穴が残らないと考えた」ところまでは、当時グループにいた人が1980年に書き残している。「エンジンだ」と名指しして言い負かした場面と、穴の点だらけの飛行機の絵は、覚え書きにも証言にも無い

01穴の少ない場所が、いちばん弱かった

第二次世界大戦のさなか、アメリカのコロンビア大学には、軍から来る計算の相談を引き受ける統計研究グループがありました。そこにいた統計学者エイブラハム・ウォルドが、1943年ごろに8本の覚え書きを書いています。題は「生き残った機体の損傷から、機体の弱さを見積もる方法」。手元にあるのは、出撃した機数と、帰ってきた機体がそれぞれ何発くらっていたかだけ。帰ってこなかった機体については、帰ってこなかったことしか分かりません。覚え書きは、この限られた数字から「帰ってこなかった側」まで含めた弱さを計算する手順を書き、仮の数字で例を示しています。

ウォルドの覚え書きの例(仮の数字)
  1. 1400機が出撃して、359機が帰ってくる。調べられるのは帰ってきた359機だけ。帰ってこなかった41機のことは、帰ってこなかったことしか分からない

  2. 2帰ってきた機体の穴は202か所。胴体に78、エンジンに39。面積で見ると胴体は機体の35%、エンジンは27%なのに、穴は胴体に39%、エンジンに19%。エンジンの穴が、面積の割に少ない

  3. 3当たる場所が面積に比例するなら、足りないぶんのエンジンの穴は、帰ってこなかった41機に開いていたはず。見えない機体の穴を、見える機体の穴の「足りなさ」から見積もる

  4. 4計算すると、1発当たって落ちる確率はエンジン39%・燃料系15%・胴体5%・そのほか2%。穴がいちばん少なかったエンジンが、いちばん弱い

覚え書きの例では、エンジンは機体の面積の27%を占めるのに、帰ってきた機体の穴のうちエンジンにあったのは19%でした。弾がどこに当たるかが面積に比例するなら、エンジンにはもっと穴があったはずです。足りないぶんは、どこへ行ったか。エンジンに当たった機体は、帰ってこなかった。そう考えると、帰ってきた機体の穴の「少なさ」が、そのまま弱さの証拠になります。計算の結果は、1発当たって落ちる確率がエンジン39%、燃料系15%、胴体5%、そのほか2%。穴がいちばん多かった胴体が、いちばん丈夫でした。

ここから先は、よく語られる形と、記録にあることを分けておきます。よく語られる形では、軍は穴の多い胴体を厚くしようとし、ウォルドが「逆だ、エンジンを厚くしろ」と言った、ということになっています。覚え書きにその場面はありません。覚え書きは計算の手順だけで、軍が何をすべきかは一言も書いていない。2016年にこの逸話の出どころを調べた数学者は、はじめ「残っている記録は、覚え書きと、グループの回想録にある短い言及2か所だけ。あとは、ありそうな再構成だ」と書きました。ところがそのあと、回想録を書いた本人が1980年に、軍は帰ってきた機体で穴の多かった部位を守ろうとしていて、ウォルドは「弱い部位に当たった機体ほど帰ってこないから、帰ってきた機体にはその部位の穴が少ない」と考えて、部位ごとの弱さを見積もる方法を作った、と書き残しているのが見つかり、「自分の憤りは言いすぎだった」と追記しています。話の骨の部分には、当時その場にいた人の証言がある。無いのは、「エンジン」と名指しして言い負かした場面と、ウォルド自身の絵です。覚え書きに図はなく、いまネットでよく見る穴の点だらけの飛行機は、2016年にウィキペディアの利用者が「仮の損傷の図」として描いたものでした。

02なぜ、消えたものが見えないのか

帰ってこなかった機体は、特別な例ではありません。同じ形は、本棚にも、台所にも、自分の記憶の中にもあります。

  1. 消えた側は、何も言わない

    帰ってこなかった機体は、報告書を書きません。つぶれた会社は決算を出さず、途中でやめた人は体験談を書かない。データは、残った側からしか来ない。だから「残った側のデータ」は、それだけで偏っています。見当たらないものは「無い」のではなく、「見えていない」だけのことがある。

  2. 残った側だけが、目に入る場所に置かれる

    40年動いている冷蔵庫は台所にあり、同じ年に買われて壊れた冷蔵庫は、とうの昔に捨てられています。本になるのは成功した会社で、記事になるのは生き残った人。残ったものは、残ったというだけで目立つ場所に置かれる。目に入りやすさが、数の多さに見えてしまいます。

  3. 残った理由を、残った側の中だけで探してしまう

    成功した人が10人いて、10人とも早起きだった。そこで「早起きが成功のもと」と思いたくなる。でも、同じように早起きをして消えた人が100人いたら、早起きは成功の理由ではなく、ただの流行です。共通点は「候補」であって、原因ではない。消えた側に同じ共通点があったかどうかは、消えた側を数えないと分かりません。

この偏りは、数字で確かめられています。投資信託の成績を調べた1996年の研究によると、途中で消える(ほかと併合されたり、たたまれたりする)ファンドは、成績が悪くて消えることが多い。すると、いま残っているファンドだけで「過去の平均の成績」を出すと、消えたぶんだけ高いほうに偏ります。1992年の研究は、こうして生き残りで切り取られた数字からは、「過去の成績が未来を予言する」ように見える関係まで生まれうる、と指摘しました。本当にそういう関係があるのか、残った側だけを見ているからそう見えるのか、数字だけでは区別がつかないわけです。見えているのが帰ってきた機体だけだと、穴の数から間違った場所を厚くすることになる。それと同じことです。

03身のまわりの生存者バイアス

帰ってきた機体の役を、身のまわりでは「まだ動いているもの」「語っている人」「覚えている記憶」がやっています。

「昔の家電は丈夫だった」いま動いている40年前の冷蔵庫を見て言う言葉です。でも、同じ年に作られて壊れた冷蔵庫は、とうの昔に捨てられていて目に入りません。残っているのは、丈夫だった個体だけ。「昔のものは丈夫」なのではなく、「丈夫だったものだけが昔から残っている」。帰ってきた機体の穴を見て「胴体は撃たれても大丈夫」と読むのと、同じ向きの見方です。
成功した人のインタビュー「毎朝4時に起きました」「直感を信じました」。舞台に立って語れるのは、うまくいった人です。同じことをして、うまくいかなかった人は、記事になりません。だから成功した人の共通点を集めると、うまくいかなかった人にも共通していたことが混ざります。語っている人を疑う必要はありません。語れなかった人の数を、一度だけ思い浮かべればいい。
「あのやり方で乗り切れた」自分の記憶にも、同じふるいがかかっています。「前はこのやり方で乗り切れた」と思うとき、頭の中にあるのは、うまくいった回の記憶です。うまくいかなかった回は、思い出されないまま流れていく。帰ってこなかった機体と同じで、その回は「無かったこと」ではなく、「数えられていないこと」です。

場面ごとに見ると、こんなところに出てきます。

  • 仕事では

    「前の案件はこのやり方でうまくいった」。振り返り会に出てくるのは、たいてい形になった案件で、途中で消えた案件は議題に上がりません。やり方を決めるときは、「同じやり方で、だめだった案件はあったか」を一度だけ聞く。思い当たらないなら、それは「無かった」ではなく「残っていない」。記録に残らなかった側を1つ思い出せるだけで、同じ失敗を1つ減らせます。

  • 学校では

    先輩の「この参考書だけで受かった」。本当の話でも、同じ参考書で落ちた人は、わざわざ後輩に言いに来ません。参考書を選ぶときに見るべきは、受かった人の数ではなく、使った人のうち何人が受かったか。それが分からないなら、先輩の1冊は「候補」として受け取って、自分に合うかを2週間で確かめる。合わなければ、先輩が悪いのではなく、分母が見えていなかっただけです。

  • SNS・ネットでは

    「会社を辞めて人生が変わった」「このやり方で月に◯◯万」。投稿しているのは、うまくいった人です。辞めて静かにしている人は、投稿しません。投稿は、帰ってきた機体。見かけたら、同じことをして投稿していない人を1人だけ思い浮かべる。それで投稿が嘘になるわけではありませんが、「みんなこうなっている」という読みだけは外れます。

  • お金・買い物では

    「過去10年の成績がいい投資信託」の一覧。成績の悪いファンドは途中でほかと併合されたり、たたまれたりして一覧から消えるので、いま並んでいるのは、残った側だけです。1996年の研究は、消えるファンドは成績が悪くて消えることが多い、と書いています。一覧の数字は、消えたぶんだけ上に偏る。「過去の成績」を見るときは、その期間に始まったファンドのうち、いくつが残っているかも一緒に見る。

04振り回されないためのコツ

  1. 「これをやって、うまくいかなかった人は、どこ?」と聞く

    成功の話を聞いたら、同じことをしてうまくいかなかった人がどこにいるかを探す。見当たらないなら、それは「いない」のではなく「見えていない」。見えない側を数えに行くのが、ウォルドの覚え書きがやったことでした。帰ってこなかった機体は、黙っているだけで、ちゃんと41機いる。

  2. 分母を探す

    成功例が10あるなら、同じことを試した人が何人いたかを知らないと、10という数字は何も言っていません。12人中10人と、1,000人中10人では、話がまるで違う。分母が分からないときは、「分からない」と覚えておく。それだけで、「成功した人はみんなこうしている」が「成功した人の中には、こうしている人もいる」に戻ります。

  3. 穴の無い場所を見る

    答えは、データにある所ではなく、無い所にあることがあります。帰ってきた機体でエンジンの穴が「少ない」という無さが、答えでした。語られない失敗、載っていない数字、思い出せない回。何が記録に残らないかを先に考えると、残ったものの読み方が変わります。

とはいえ、残ったものから学ぶこと自体は、間違いではありません。帰ってきた機体の穴は、ちゃんと役に立ちました。足りなかったのは、「見えていないものがある」と一度思い出すことだけ。それを思い出せたら、台所の冷蔵庫も、成功した人の言葉も、自分の「前はうまくいった」も、残った側の話として、ちょうどいい大きさで聞けるようになります。

05もっと知りたくなったら

なかまの効果

次に気になりそうなこと

「軍は胴体を厚くしようとして、ウォルドが『エンジンだ』と止めた」は本当?
骨の部分は本当らしく、名場面の部分は分かりません。2016年に数学者のビル・カッセルマンがこの逸話の出どころを調べて、はじめは「残っている記録は、覚え書きそのものと、統計研究グループの回想録にある短くあいまいな言及2か所だけ。その2か所にはウォルドの名前も出てこない。あとは、ありそうな再構成だ」と書きました。覚え書きのほうは計算の手順だけで、軍が何をすべきかは一言も書いていません。ところがそのあと、回想録を書いたウォリス本人が、同じ論文に付いた返答の中で「軍は、帰ってきた機体で穴の多かった部位を守ろうとする傾向があった。ウォルドは、弾は機体に一様に当たると、十分な根拠をもって仮定した。すると、弱い部位に当たった機体は帰ってきにくいので、帰ってきた機体には弱い部位の穴が見つかりにくい。この前提から、部位ごとの弱さを見積もる方法を考えた」と書いているのが見つかり、カッセルマンは「自分の憤りは言いすぎだった」と追記しました。軍の傾向と、ウォルドの読み方までは、当時その場にいた人の証言がある。「胴体」「エンジン」と部位を名指しして言い負かした場面は、証言にも覚え書きにもありません。覚え書きの仮の例でエンジンがいちばん弱いと計算してはいるので、そこから場面が描き足されたのだと思います。
あの、穴の点だらけの飛行機の絵は、ウォルドが描いたもの?
違います。覚え書きに図はありません。カッセルマンは、ウォルドが下書きの絵を描いたかどうかさえ分からない、ネットの絵は「ウォルド自身のスケッチ」と称するものまであり、機種も当時の爆撃機と合っていない(貨物機のDC-3が描かれている例も)、と書いています。いまいちばん出回っている絵は、ウィキペディアの利用者が2016年に描いて上げたもので、2021年に描き直されました。その絵の説明には「仮の損傷パターンの図」「図の無い1943年の報告のデータを大まかに元にした」と書かれています。絵が間違いというより、絵は後から付いた、ということです。
ウォルドは、実際には何を計算したの?
覚え書きは8本で、1943年ごろに書かれ、1980年にアメリカ海軍の分析センターが復刻しました。復刻の前書きによると、外には出版されなかったものの、その後の朝鮮戦争とベトナム戦争のデータ分析に使われています。第I部は、出撃した機数と「ちょうど◯発くらって帰ってきた機数」の分布だけから、「1発目で落ちる確率」「1発目で落ちなかったときに2発目で落ちる確率」を推定する手順です。帰ってこなかった機体は「当たったから落ちた」とみなす(故障では落ちない)、などの前提を置いて、帰ってこなかった機体が何発くらっていたかを逆算します。部位ごとの弱さは第V部で、本文の4コマはその数値例です。前提は4つ。機数が多くてばらつきを無視できる、1発で落ちる確率はそれまでの被弾数によらない、どの部位に当たるかは面積に比例する、部位の分け方が全機を代表する。覚え書き自身が「仮の例」と断っているので、400機・359機という数も、エンジン39%という結果も、本当の戦闘の数字ではありません。
成功者の共通点は、全部あてにならないの?
あてにならないのは、「共通点だから原因だ」という読み方のほうです。成功した人に共通していることは、候補としては役に立ちます。問題は、その候補を確かめるには、同じことをしてうまくいかなかった人を数える必要があって、その人たちはたいてい語らない、ということ。確かめられたら使えるし、確かめられないなら「残った人にはあった」としか言えない。覚え書きの計算も、帰ってきた機体の穴を捨てたわけではありません。足りない側を数えに行っただけです。共通点を見つけたら、「これを持っていて消えた人は?」を1回だけ聞く。それで、使える共通点と、ただの流行が分かれます。成功した人の全部が正しく見える仕組みは、ハロー効果へ →

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