なんで昼ごはんの店が決められないの?

その正体は、

ビュリダンのロバ

びゅりだん の ろば/Buridan's ass

左右にまったく同じ干し草。選ぶ理由が無いので、ロバは決められずに飢えてしまう。

ラーメンの店と、そば屋。どちらも同じくらい好きで、どちらも同じくらい近い。それなのに、店の前で足が止まる。この「どっちでもいいのに決まらない」は、2000年以上前から哲学者たちが考えてきた形です。いちばん有名なのが、同じ干し草のあいだで飢えるロバの話。ところが、名前の付いている哲学者は、ロバの話を書いていないのです。

話の形
腹をすかせたロバの左右に、同じ干し草を同じ距離に置く。どちらへ行く理由も無いので、決められずに飢えてしまう
名前の由来
14世紀パリの哲学者ジャン・ビュリダン。ただし哲学事典によると、この例は本人の著作のどこにも見当たらない。後の批判者が、彼の考えをからかって作ったと考えられている
もっと古い形
アリストテレス『天体論』の、飢えと渇きが同じだけ強く、食べ物と飲み物から同じ距離にいる人
よく出る場所
昼ごはんの店・配信の一覧画面・アイスの味・黄色に変わる信号
揺れている所
本物のロバは飢えない。ただの屁理屈か。1984年、計算機科学者のランポートは「迷いの時間は、いくらでも長くなりうる」と論じた(数学の論証で、人で測った実験ではない)

01同じ干し草のあいだで、ロバは動けない

話はこうです。おなかをすかせたロバの左と右に、量も質もまったく同じ干し草を、同じ距離に置く。左へ行く理由も、右へ行く理由も無い。理由が無ければ動けないとすると、ロバはそのまま飢えてしまう。ばかばかしい話に聞こえますが、実はある哲学者の考えをからかうために作られた話だと言われています。たどると、もっと古い形が出てきます。

ロバの話の系譜
  1. 1アリストテレス『天体論』。飢えと渇きが同じだけ強く、食べ物と飲み物から同じ距離にいる人は、その場にとどまるしかない。「地球はどちらにも偏らないから動かない」という説を紹介する例で、彼は「うまいが正しくない」と退けた

  2. 214世紀パリのビュリダン。どちらが良いかはっきりしないとき、意志は決めるのを先に延ばせる。ただし「もっと考えたほうがいい」と頭が判断したときだけ、と書いた

  3. 3後の批判者たちのたとえ話(と言われている)。延ばせる自由を突き詰めると、同じ干し草の前でずっと延ばし続けて、ロバは飢えてしまう。ロバはビュリダン本人の著作には出てこない

  4. 417世紀のスピノザ『エチカ』。「釣り合ったら、飢えて死ぬのか」という反論に、そんな人は飢えて死ぬだろうと認める。それはロバではないかと聞かれたら、「分からない」

ロバの話がどこで最初に書かれたのかは、はっきりしていません。哲学事典は「ビュリダンの著作のどこにも見当たらない」と書き、彼の考えをからかうために後から作られた、という説明を紹介しています。からかわれた考えのほうは、実はそれほど変ではありません。ビュリダンが言ったのは、「どちらが良いか分からないなら、急がずにもう少し考えてよい」ということ。ただしそれは、考えれば差が見えてきそうなときの話でした。どこまで考えても差が出ない2つの前で延ばし続ける理由は、もともと無いのです。

02なぜ「どっちでもいい」ほど決まらないのか

悪い選択肢と良い選択肢なら、迷いません。止まるのは、並んだものの差が小さいときです。理由は3つの方向から説明できます。

  1. 決め手が、どこにも無い

    「良いほうを選ぶ」という決め方は、差があって初めて動きます。差が無ければ、いくら比べても決め手は出てきません。ロバの話がからかったのはここで、理由が無いと動けない仕組みは、理由が無い場面で止まる。そして身のまわりの「どっちでもいい」は、たいていこの場面です。

  2. 差が小さいほど、迷いは長くなる

    ランポートの論文はこう書きます。迷いが起きるのは、どちらに決めても構わないときだ、と。例に挙げているのは、信号が変わりかけの交差点で止まるか行くか、アイスの味選び。人の反応時間の研究でも、二択の境目に近づくほど決めるのにかかる時間が伸びるというモデルがある、と紹介しています。迷いが長いのは、選択肢が難しいからではなく、差が小さいからかもしれません。

  3. 「まだ決めない」も、選んでいる

    ビュリダンの言う「延ばす」は、それ自体が1つの選択です。延ばしているあいだにも、昼休みは減り、おなかはすく。スピノザも、釣り合ったまま動かない人は飢えるだろう、と認めています。決めないでいる時間にも、ちゃんと値段が付いている。ロバが失ったのは干し草ではなく、迷っていた時間でした。

03身のまわりのビュリダンのロバ

干し草を、店や作品や信号に替えると、同じ形が毎日のように出てきます。

昼ごはんの店同じくらい好きな店が2軒。どちらに入っても、満足はたぶん同じくらい。だからこそ、店の前で足が止まります。ここで比べ続けても、新しい差はまず出てきません。減っていくのは、昼休みの残りのほうです。
配信の一覧画面面白そうな作品が、同じくらいの顔をして並んでいる。予告を見て、あらすじを読んで、また戻る。どれもはずれではないから、決まらない。気づくと選ぶだけで1話ぶんの時間がたっている、という経験がある人は多いはずです。
黄色に変わる信号ランポートが挙げた例です。止まるか、そのまま行くか。ちょうど境目のところで信号が変わりかけると、ブレーキとアクセルのあいだで足が迷う。彼はもっと危ない例として、遮断機の無い踏切も挙げています。ほとんどの迷いは昼ごはんで済みますが、時間に限りがある場面では、迷いそのものが危なくなります。

場面ごとに見ると、こんなところに出てきます。

  • お金・買い物では

    同じくらいの性能で、同じくらいの値段の家電。比べるページを何枚開いても、決め手が出てこない。それは、その差があなたの暮らしでは効かない、ということかもしれません。調べた時間のほうが、はっきりした損になっていきます。

  • SNS・ネットでは

    星4.3と星4.4のお店。レビューを1件ずつ読み比べるほど、良い話も悪い話も同じくらい見つかって、かえって決まらなくなる。0.1の差は、選ぶ理由としてはとても細い糸です。決め手が見つからないなら、見つからないこと自体が答えです。

  • 友達では

    「どこでもいいよ」「わたしもどこでもいい」。ふたりともロバになると、昼ごはんは決まりません。相手に気をつかった「どこでもいい」が重なると、決める人がいなくなる。先に1つ言ってしまう人が、実はいちばん助かる人です。違ったら、相手が言い返してくれます。

04「どっちでもいい」で止まらないコツ

  1. 迷いの長さを、差の小ささと読み替える

    長く迷うほど、「よほど大事な選択なんだ」と感じます。でも、ランポートの言うとおり迷いは「どちらでも構わないとき」に起きる。迷いが長いのは、どちらを選んでも損が小さいという知らせです。

  2. 決め方を、迷う前に決めておく

    「近いほう」「まだ行っていないほう」「3分たったら左」。差が無い2つは、比べても決まりません。決め手を外から1つ足せば、すぐに動けます。ランポートも、決める時間の上限を外すか、決め方を変えれば決められる、と書いています。

  3. 本当に同じなら、コインに任せていい

    経済学者のレヴィットは、決められずにいる人にコインを投げてもらう実験をしました(1年で2万回を超えるコイン)。仕事を辞めるかどうかのような大きな決断で、コインが「変える」を出した人は実際に変えやすく、半年後に、より幸せだと答えていました。参加者は自分でサイトに来た人で、著者も「示唆にとどまる」と書いています。それでも、差の無い2つの前では、コインは逃げではなく、まっとうな決め方です。

とはいえ、迷うこと自体は悪いことではありません。考えれば差が見えてくる選択なら、ビュリダンの言うとおり、もう少し考えていい。困るのは、差が無いと分かっているのに考え続けるときだけです。ロバを救うのは、もっと良い干し草ではなく、「どちらでもいい」と認める一言です。

05もっと知りたくなったら

なかまの効果

次に気になりそうなこと

本物のロバは、本当に飢えるの?
飢えたロバの記録はありません。ランポートは、これを「飢える位置の幅が、ものすごく狭いから」と説明します。ロバをちょうど真ん中に置ける見込みは、狙っても無いに等しい。ただし幅がゼロになるわけではない、というのが彼の論の中心です。ロバなら何日も迷えますが、踏切の前の数秒は短い。だから、めったに起きなくても気にかける価値がある、と書いています。
コンピュータも、ロバになる?
なります。ランポートによると、外から来た合図を「0か1か」に決める部品は、合図がちょうど境目に来ると決めきれず、中途半端な電圧が流れて、ある回路は0、別の回路は1と読み、何が起きるか分からなくなる。設計の世界では「アービター問題」と呼ばれる問題です。面白いのは、ランポートがむずかしいのは正しく決めることではなく、とにかく決めることだと書いている点。どちらに決めても、ほとんど違いは無いのです。いまのコンピュータは、決めるのに十分な時間を取ることで、これを解いています。迷う時間を、最初から予定に入れておくのです。
ランポートの論文は、すぐ認められた?
いいえ。1984年に書いて最初に送った科学誌では、4人の査読者の意見が「哲学的にとても重要」から「手の込んだ冗談かもしれない」まで割れて、載りませんでした。別の科学誌でもうまくいかず、しばらく置いたまま。2011年に読者から勧められた物理学の雑誌で、ようやく2012年に載りました。ロバの話は、物理の論文になるまでにも長く迷ったことになります。
選択肢が3つ、4つと増えたら?
2つでも決まらないなら、増えるともっと決まらない気がします。選択肢の数が増えたときに選ぶ人が減るかどうかは、「ジャムの実験」として知られる研究の話です。結果の揺れも含めて、別の記事にまとめています。ジャムの実験を読む →

同じ棚の本

学びの棚で、この本の前と次に並んでいる2冊。

← 学びの棚に戻る