なんで「作り物の幸せ」は、嫌なの?

その正体は、

経験機械

けいけん きかい/The experience machine

望んだ体験を、一生ぶん味わえる機械。中身は作り物。それでもつなぐか、と聞かれると、多くの人が「つながない」と答える。

旅の動画で見た景色と、自分で登って見た景色。目に入るものは同じでも、「行った」とは言いにくい。1974年、哲学者のノージックは、この違和感を1つの機械に仕立てました。望んだ体験を何でも、本物と区別がつかないまま味わえる機械です。ところが30年あまりたって、問いの向きを逆にすると、答えも逆に傾くことが分かってきました。

話の形
脳を刺激して、小説を書く・友達をつくる・面白い本を読む、を本当に起きていると感じさせる機械。一生ぶんつなぐか、と聞く
考えた人
1974年、哲学者ロバート・ノージック。国家について書いた本『アナーキー・国家・ユートピア』の4ページほど
本人の答え
つながない。理由は3つ: 実際にやりたい・ある種の人でありたい・人が作ったのではない現実に触れたい
考える場面
景色の動画と本当の旅・本心でないほめ言葉・答えを写したドリル
揺れている所
2010年の実験で「じつは、もうつながっている」と告げると、抜けると答えたのは54%。現実が刑務所だと13%。断る理由の一部は「いまの暮らしを手放したくない」かもしれない

01一生ぶんの「いい体験」に、つなぐか

話はこうです。とびきり腕のいい神経心理学者たちが、あなたの脳を刺激して、偉大な小説を書いている、友達をつくっている、面白い本を読んでいる、と思わせ、感じさせてくれる。そのあいだ、体は機械の中で眠っている。中にいるあいだは、全部が本当に起きていると感じます。ノージックは、断りたくなる理由を先に1つずつふさいでから、こう聞きました。「つなぎますか」。

ノージックの機械
  1. 1体験は、たくさんの人の人生を調べて作った一覧から選べる。体験が足りなくなる心配はいらない

  2. 2つないで眠ると、本を書き上げる、友達ができる。中にいるあいだは、作り物だとは分からない

  3. 3選ぶのは2年ぶんずつ。2年たつと10分か10時間だけ外に出て、次の2年を選ぶ。ほかの人もつなげるので、誰かの世話のために外に残る必要もない

  4. 4ノージックの答えは「つながない」。そして、使わないと気づくこと自体が、体験のほかにも大事なものがある証拠だ、と書いた

この問いの狙いは、機械を作れるかどうかではありません。15年後の本でノージックは、これは「価値の問い」だと念を押しています。もし大事なのが「中からどう感じるか」だけなら、断る理由は1つも無い。それでも断りたくなるなら、私たちは体験の外にある何かを欲しがっていることになります。

02なぜ「つながない」と答えるのか

ノージックは、断る理由を3つ挙げました。どれも「気分のよさ」の話ではありません。

  1. 体験ではなく、実際に「やりたい」

    小説を書き上げた気分が欲しいのではなく、書き上げたという事実が欲しい。ノージックは、ある体験を欲しがるのは、まずその行いをしたいからだ、と書きます。行いが先にあって、気分はあとからついてくるものだ、というわけです。

  2. 「どんな人か」でありたい

    機械の中で長く眠っている人は、勇気があるのか、優しいのか、機転がきくのか。ノージックは、それは分かりにくいのではなく、答えがそもそも無いのだと言います。機械の中では、勇気や優しさが実際に試される場面が、一度も来ないからでしょう。

  3. 人が作ったのではない現実に触れたい

    機械の中の世界は、どれだけ豊かでも、人が組み立てられる以上には深くならない。ノージックは、もっと深い現実とのつながりに、自分を開いておきたい人が多い、と書きました。

ノージックはさらに機械を足していきます。望んだとおりの人柄に変えてくれる「変身機械」。自分が起こすはずだった結果を、世の中に起こしてくれる「結果機械」。それでも残る気持ち悪さを、彼は「機械が、私たちの人生を代わりに生きてしまうこと」だと書きました。

ただ、この答えが本当に「現実が好きだから」なのかには、疑いもあります。2010年、哲学者のデ・ブリガードは問いの向きを逆にしました。「たいへんな手違いがありました。あなたは、間違ってもう機械につながれていたのです。このままつながっているか、現実の暮らしに戻るか、選んでください」。アメリカの大学生72人を3組に分け、組ごとに少しだけ話を変えています。

デ・ブリガードの実験(2010年)何も知らされない組は、54%が現実に戻ると答えた。「現実のあなたは、刑務所の中にいる」と足すと13%、「現実のあなたは、モナコに住む大金持ちの芸術家」と足すと50%(1組24人)。大金持ちの暮らしが待っていても、半分はいまの夢に残った。

続けて80人に、「外の暮らしは、これまでとまったく違う」とだけ足して聞くと、59%がとどまると答えました。しかも抜けると答えた人のうち、理由に現実が好きだからと書いたのは3分の1ほど。デ・ブリガードは、断る理由の一部は現実への愛着ではなく、いまの暮らしを手放したくない気持ち(現状維持バイアス)ではないか、と論じました。

とはいえ、これで話が終わったわけではありません。調べたのは同じ大学の学生で、人数も多くありません。哲学者のワイジャーズ(2014年)は、元の問いにも逆向きの問いにも、それぞれ関係の無い要因で答えがゆがむ所があると指摘し、ゆがみの少ない形を作って試しました。その形では、「体験だけが大事」という考えを、強く支持も否定もしなかったと書いています。答えは、まだ揺れています。

03身のまわりの経験機械

機械そのものは無くても、「体験は同じなのに、何かが違う」と感じる場面は身近にあります。

景色の動画と、本当の山目に入る景色は、上手に撮られた動画のほうがきれいなこともある。それでも、何時間もかけて自分で登る人がいます。選ぶ理由が景色の質ではないなら、それはノージックの1つ目の理由、「実際にやりたい」と同じものです。
本心でない「すごい!」本心ではないと分かったほめ言葉は、同じ言葉でもうれしくありません。ノージックも1989年の本で、まわりがほめるふりをして陰で笑っている、本人は気づかない、という満足な人生を、自分の子どもに望むか、と問いました。欲しいのは、うれしい気分よりも、それが本当であることなのです。
答えを写したドリル答えを写したドリルも、自分で解いたドリルも、丸の数は同じ。それなのに、うれしさが違う。違うのは紙の上ではなく、解けるようになった自分がいるかどうかです。ノージックの2つ目の理由、「どんな人でありたいか」が、ここに出ています。

場面ごとに見ると、こんなところに出てきます。

  • SNS・ネットでは

    旅先の写真をたくさん見て、行った気になることがあります。それで満足なら、それでいい。もし物足りなさが残るなら、その物足りなさが、自分の欲しいものの手がかりです。見たかったのは景色なのか、そこへ行く自分なのか。

  • 学校では

    宿題の答えが手元にあると、写して丸をそろえたくなります。丸は同じでも、残るものが違う。とはいえ、写すのが悪いと決めつける必要はありません。自分がこの宿題で何を欲しかったのか、点数か、解ける力か、を先に決めておくと迷いにくくなります。

  • 友達では

    友達の作ったものを見せられて、どう言えばいいか困ることがあります。うそのほめ言葉は、相手にも伝わりやすいもの。全部をほめなくていいので、本当にいいと思った所を1つだけ言うほうが、相手に届きます。

04「作り物の幸せ」とうまく付き合うコツ

  1. 「気分」と「事実」を分けて聞く

    何かを欲しいと思ったとき、欲しいのはうれしい気分なのか、それが本当であることなのかを、いったん分けてみる。ノージックの機械が教えてくれるのは、この2つが、ふだんは1つに見えているということです。

  2. 「しばらく」なら、作り物でかまわない

    ノージックは1989年の本で、しばらくつなぐのは構わない、と書いています。何かを学べるかもしれないし、限られた量なら楽しみとして十分だ、と。映画も小説も、時間を区切った作り物の体験です。問題にしたのは、残りの一生を置き換えることでした。

  3. 問いの向きを、逆にしてみる

    デ・ブリガードの実験では、「入るか」と「抜けるか」で答えが変わりました。大きな決断で「いまのままがいい」と感じたら、いまの状態が逆だったら、わざわざ今に移るかと聞き直してみる。それでも今を選ぶなら、その気持ちは本物です。

経験機械は、「つなぐか、つながないか」の答えを当てる問題ではありません。答えに迷ったとき、自分が体験のほかに何を大事にしているかが見えてくる。この機械は、つながないまま使う道具なのです。

05もっと知りたくなったら

なかまの効果

次に気になりそうなこと

全部決まっていたら、驚きが無くてつまらないのでは?
デ・ブリガードが授業で聞いたときも、そう答えた学生がいました。体験を全部先に決めてしまうと、驚く楽しみが無くなる、と。ノージックは1989年の本で、これも先にふさいでいます。機械にはでたらめに選ぶ装置が付いていて、不確かさも入れられる、と。しかも入ったことは覚えていないので、作り物だと気づいて楽しみがしぼむこともない。それでも、断る人は多いのです。
「いまの自分が、もう機械の中にいたら?」という話と同じ?
似ていますが、ノージックは別の問いだと書いています。「自分がつながっていないと、どうやって分かるか」は知る方法の問い。「機械の中の体験も、それはそれで現実の世界ではないか」は、何が現実かの問い。経験機械が聞いているのはそのどちらでもなく、つながるのは良い人生かという、価値の問いです。
みんなで一緒につながれば、さみしくない?
ノージックも、機械の中で自分だけが幻を見ているのはつらい、と認めています。そこで、みんなに同じ幻を見せる機械も考えました。それでも、受け入れがたいことに変わりはない、と書いています。分かち合えることは現実らしさの手がかりの1つだが、それだけで現実になるわけではない、というのが理由です。
断る人は、本当に「現実が大事」と思っているの?
そこが揺れている所です。デ・ブリガードが授業で聞いたとき、つながないと答えた学生の60%は、現実が好きだから以外の理由を挙げました。機械が全部を予測できるか疑わしい、友達や家族がいないと不幸だ、など。同じ「つながない」でも、理由は人によってかなり違うようです。

同じ棚の本

学びの棚で、この本の前と次に並んでいる2冊。

← 学びの棚に戻る