なんでお互い黙れば得なのに、裏切っちゃうの?

その正体は、

囚人のジレンマ

しゅうじん の じれんま/Prisoner's dilemma

ふたりとも黙れば軽く済むのに、それぞれが「売ったほうが得」と考えると、ふたりそろって重い罰になる。

グループ課題で、自分だけ手を抜けば楽ができる。でも全員がそう考えると、課題ごと崩れる。ひとりひとりは損をしない道を選んだのに、全員がそろって損をする。この形に名前を付けたのが「囚人のジレンマ」です。ところが同じ相手と何度もくり返すと、話が変わってきます。

話の形
別々の部屋で取調べを受けるふたり。黙るか、相手を売るか。どちらの場合でも「売る」が得に見えるので、ふたりとも売って、ふたりとも黙った場合より悪くなる
確かめた人
1950年、ランド研究所のフラッドとドレッシャー。同僚ふたりに、同じ損得の形のゲームを100回続けて遊んでもらった
名前の由来
数学者のタッカーが、刑の重さで損得を表す「囚人」の話を付けた。ただし、この名前が本に載った最初は1957年の教科書だという指摘もある
よく出る場所
グループ課題・近所の店どうしの値下げ・バス停の行列
揺れている所
くり返しの大会で2度勝った「しっぺ返し」も、どんな相手にも強いわけではない。聞き違いが1回あると、仕返しが続いてしまう

011回きりなら、どちらも「売る」が得になる

話はこうです。ふたりが別々の部屋で取調べを受けている。相手と話すことはできません。それぞれが選べるのは、黙っているか、相手のことを話してしまう(売る)か。年数は、たとえばこう決まっているとします。

ふたりの取調べ
  1. 1ふたりは別々の部屋。相手が何を選ぶかは、分からないまま決めるしかない

  2. 2相手が黙るなら。自分も黙れば1年、売れば0年。売ったほうが得

  3. 3相手が売るなら。自分が黙れば10年、売れば5年。こちらも、売ったほうが得

  4. 4ふたりとも同じ計算をして、ふたりとも売る。結果は5年ずつ。ふたりとも黙っていれば、1年ずつで済んだ

損得の表左上の升(ふたりとも黙る)が、ふたりにとっていちばんよい。それなのに、どちらも自分の行で下の段(売る)を選ぶので、右下の升に行き着く。ひとりひとりは正しく計算しているのに、ふたりそろって損をする。これがこのジレンマです。

この形を最初に試したのは、1950年、アメリカのランド研究所のフラッドとドレッシャーでした。同僚ふたりに、同じ損得の形のゲームを100回続けて遊んでもらったのです。刑の重さで損得を表す「囚人」の話は、そのあと数学者のタッカーが付けました。哲学事典によると、同じころ別の研究者が行った非公式の実験でも、人は理屈で予想したとおりには動かなかったと報告されています。計算では「売る」が正しいのに、人はそこまで割り切れない。ここから、長い研究が始まります。

02なぜ、分かっていても裏切ってしまうのか

ふたりとも黙るのがいちばんだと、ふたりとも分かっている。それでも売ってしまうのには、3つの理由があります。

  1. どちらに転んでも、「売る」が得に見える

    相手が黙っても、相手が売っても、自分は売ったほうが年数が短い。相手の出方を読む必要すらありません。相手を信じて黙るのは、1回きりなら、いちばん損をしうる選び方です。悪い人だから裏切るのではなく、ふつうに損得を比べると裏切りに着く。そこがこの話の不気味なところです。

  2. 相手が見えない、話せない

    取調べのふたりは、相談できません。研究者のサリーは、35年分の囚人のジレンマの実験をまとめて、「自分の得だけを考える人」という見方は実験の結果と合わないことが多いと書きました。そのずれがいちばん大きかったのが、言葉を交わすと協力が増えることです。話せないこと自体が、裏切りを後押ししています。

  3. 「次」が無い

    1回きりなら、裏切っても仕返しは来ません。逆に、同じ相手とまた会うなら、いまの裏切りは次の回に返ってきます。経済学者のダル・ボーは、次の回が続くかどうかを確率で決める形で実験し、続く見込みが大きいほど、抜け駆けがはっきり減ることを確かめました。この「次がありそうな感じ」は、研究の世界で「未来の影」と呼ばれています。

では、同じ相手と何度もくり返すとき、どう振る舞うのがいちばん強いのか。1980年、政治学者のアクセルロッドは、これをコンピュータの大会で確かめました。ゲーム理論の専門家たちに作戦をプログラムで送ってもらい、総当たりでくり返し対戦させたのです。勝ったのは、応募の中でいちばん単純な作戦「しっぺ返し」でした。最初は協力する。あとは、相手が前の回にしたことをそのまま返す。それだけです。

しっぺ返しの対戦相手が裏切った次の回に、1回だけ返す。相手が協力に戻れば、次の回にはこちらも戻る。根に持たないので、協力の続く時間が長くなります。

アクセルロッドは結果を公表してから、2回目の大会を開きました。62の応募は、1回目の結果を知ったうえで作られたものでしたが、勝ったのはまたしっぺ返しでした。哲学事典によると、強かった作戦に共通していたのは4つ。先に裏切らない、裏切られたらやり返す、相手が戻れば許す、分かりやすい。面白いのは、アクセルロッド自身が書いているとおり、しっぺ返しは対戦相手より多く点を取ることが一度もできない作戦だということです。相手を負かして勝ったのではなく、相手から協力を引き出して、合計で勝ちました。

03身のまわりの囚人のジレンマ

取調べの部屋を、教室や商店街に置き換えると、同じ形が見えてきます。

グループ課題全員がきちんとやれば、全員が楽に終わる。でも、ひとりだけ手を抜けば、その人はもっと楽ができる。全員がそう考えると、課題ごと崩れます。誰が何をやったかが見えるようにすると崩れにくいのは、見えることで「次」が生まれるからです。
近所の店どうしの値下げ2軒とも値段を保てば、2軒とも利益が出る。片方だけ下げれば、お客を取れる。だから両方が下げて、両方とも利益が減っていく。どちらの店主も、悪い人ではありません。それぞれが自分の店を守ろうとした結果です。
バス停の行列全員が並べば、全員が順番どおりに乗れる。割り込めば、自分だけ早く乗れる。それでもたいていの人が並ぶのは、並んでいる人に見られていて、明日もこのバス停に来るからでしょう。見られていることと、次があることが、黙って協力を支えています。

場面ごとに見ると、こんなところに出てきます。

  • 学校では

    5人のグループ発表で、ひとりが何もしない。残りの4人も「自分だけ頑張るのは損」と手を抜き始める。最初の打ち合わせで、誰が何を担当したかを書き出しておくだけで、抜け駆けは目立つようになり、起きにくくなります。

  • 仕事では

    辞める日が決まった人や、二度と組まない取引先には、つい扱いが雑になる。次が無いと分かった場面ほど、ジレンマは「売る」側に傾きます。自分がそうなりそうなときは、この人とどこかでまた会うかもしれないと一度だけ考えてみると、手が止まります。

  • 友達では

    毎週会う友達には、借りたものをきちんと返すし、待ち合わせにも遅れにくい。それは性格のせいだけでなく、来週も会うからです。逆に、疎遠になりかけた相手には、約束がゆるくなりがち。「また今度」を具体的な日にすると、関係はそれだけで持ちやすくなります。

  • ケンカしたときでは

    言い返されたから、もっと強く言い返す。それを何度もくり返すと、最初に何が原因だったか、ふたりとも分からなくなります。しっぺ返しは「1回だけ返して、相手が戻ったら許す」作戦でした。相手が先に謝ってきたら、すぐに受け取る。そこで仕返しを続けないことが、長い目で見ると強い選び方です。

04裏切り合いに振り回されないコツ

  1. 「次がある」を見えるようにする

    1回きりだと思うと、裏切りが得になります。「来月もこのメンバーでやる」「また頼むね」と口に出すだけで、未来の影が伸びます。相手の善意に期待するより、次があることを共有するほうが確かです。

  2. 話せるなら、先に話す

    取調べのふたりが困ったのは、相談できないからでした。グループ課題でも、値段のことでも、黙って相手を読み合うより、先に「こうしよう」と言葉にする。35年分の実験のまとめでも、自分の得だけで考えたときの予想といちばん大きく食い違ったのは、言葉を交わすと協力が増えることでした。

  3. 返すときは、やられたより少し小さく

    しっぺ返しにも弱点があります。聞き違いや手違いで1回裏切ったように見えると、ふたりのしっぺ返しは仕返しをいつまでも続けてしまう。アクセルロッドはのちに、相手の裏切りをときどき見逃す「寛大なしっぺ返し」のほうが、間違いの起きる世界ではうまくいくと書いています。本当に裏切られたのか、勘違いかもしれないと一度だけ疑ってから返す。それだけで、仕返しの連鎖は止まりやすくなります。

囚人のジレンマは、「人は裏切るものだ」という話に聞こえがちです。でも研究が示してきたのは、その逆の面でした。1回きりで、相手が見えず、話せないとき、人は裏切りやすい。次があり、相手が見え、言葉を交わせるとき、人はちゃんと協力できる。裏切りを減らしたいなら、相手を責める前に、場の形を変えてみてください。

05もっと知りたくなったら

なかまの効果

次に気になりそうなこと

しっぺ返しは、いまでも最強の作戦なの?
いいえ。哲学事典によると、どんな環境でもいちばん強い作戦は無いと考えられています。アクセルロッドの大会の形をほぼなぞった2004年の大会では、しっぺ返しは50の作戦のうち14位でした。進化の模擬実験では、「うまくいったら続け、うまくいかなかったら変える」作戦がよく勝つという結果もあります。どの作戦が強いかは、まわりに誰がいるかで変わるのです。
最後の1回だと分かっていたら?
理屈の上では、最後の回は1回きりと同じなので裏切るのが得になる。すると最後から2番目も……と逆にたどって、最初から裏切るのが正しいことになってしまいます。ところが哲学事典は、人は長さの決まったくり返しでも、最後の数回を除けば、長さの決まっていないくり返しとあまり変わらない振る舞いをすると書いています。理屈どおりにさかのぼって裏切る人は、あまりいないのです。
しっぺ返しと対戦した人は、どう感じた?
アクセルロッドは大会の前に、知り合いの社会学者にコンピュータと対戦してもらいました。相手が実はしっぺ返しだとは知らせずに。調子を聞くと、その人は「よく分からないけど、コンピュータには勝っているから、うまくやっているんだろう」と答えたそうです。目の前の相手に勝っているかどうかを物差しにしてしまうのは、専門家でも同じでした。
分け前を決めるときの「不公平だから断る」は?
囚人のジレンマは、ふたりが同時に選ぶ話です。片方が分け方を提案し、もう片方が受けるか断るかを選ぶ形は「最後通牒ゲーム」として知られていて、損をしてでも不公平を断る人が多いことで有名です。別の記事にまとめています。最後通牒ゲームを読む →

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