なんで損をしてでも、不公平な分け方を断るの?
その正体は、
最後通牒ゲーム
さいごつうちょう げーむ/The ultimatum game
分け方を決めるのは相手、自分は受けるか断るかだけ。断れば2人ともゼロなのに、人は少なすぎる分け前を断る。
10マルクを2人で分ける。決めるのは片方だけで、もう片方は「受ける」か「断る」かしか選べない。断れば2人とも何ももらえない。損得だけなら、1マルクでも受けたほうが得です。1982年、ドイツの大学の小さな実験が、人はそうしないことを確かめました。
- 確かめた人
- ヴェルナー・ギュート、ロルフ・シュミットベルガー、ベルント・シュヴァルツェ(ケルン大学。実験は1978年、論文は1982年)
- 実験の中身
- 4〜10マルクを、片方が「自分はいくら取るか」を用紙に書き、もう片方が受けるか断るかを選ぶ。断れば2人ともゼロ
- 名前の由来
- 「最後通牒」は、のむか、のまないかの最後の申し出。論文は、選べる結果を1つの申し出に絞り、相手は受けるか断るかしかない状態をこう呼んだ
- よく出る場所
- 割り勘の端数・フリマの値下げ・おやつやケーキの分け方・手柄や報酬の分け方
- 揺れている所
- 金額をうんと大きくしても断るか。それまでの研究は「ほとんど変わらない」、2011年のインドの村の実験は「断る人はほぼいなくなる」
011マルクだけ残す要求は、断られた
ギュートたちは、ケルン大学で経済学を学ぶ大学院生を部屋の両側に分けて座らせました。片側の人は、4〜10マルクのうち「自分はいくら取るか」を用紙に書く。用紙は集められて、反対側の人にくじで配られます。受け取った人は、その分け方を受けるか、断るかを書くだけ。相手が誰かは分からず、話もできません。
1分ける側は、決まった額(4〜10マルク)のうち「自分はいくら取るか」を用紙に書く。相手が誰かは知らない
2用紙は集めて、部屋の反対側に座る人へくじで配る。話すことも、顔を見ることもできない
3受け取った人は「受ける」か「断る」だけ。6マルクのうち5マルクを取り、1マルクだけ残す要求は断られた。2人ともゼロ
4いっぽうで、10マルクを5と5に分けるような、半々の要求を書く人も少なくなかった
損得だけで考えると、受け取る側は1マルクでも受けたほうが得です。断っても、ゼロになるだけで何も取り返せません。分ける側もそれを見越して、ほとんど全部を取ればいい。ところが実際には、相手に1マルクしか残さない要求は断られ、分ける側も、ほとんど全部を取ろうとする人ばかりではありませんでした。
この形は、その後の何十年で世界中のあちこちで試されました。2014年のまとめによると、分ける側は全体の4〜5割を渡すことが多く、いちばん多いのは半々です。渡す額が少ないほど受ける人は減り、工業国の実験では、2割以下の申し出が4〜6割の確率で断られています。少なすぎる分け前を、損をしてでも断る。 ここまでは、とても安定した結果です。
02なぜ、損をしてまで断るのか
断っても、自分のお金は1円も増えません。それでも断る理由を、研究は3つの方向から見ています。
自分の取り分を、相手の取り分と比べている
まとめの論文は、受け取る側は自分のお金だけでなく、相手の取り分と比べていて、差が大きいと腹が立つ、と書いています。15の社会を調べたヘンリックたちも、低い申し出を受けた人には「不公平な相手を痛い目にあわせたい」気持ちが湧くのだろう、と説明しました。断るのは、1マルクを捨てて、不公平な相手からも取り上げることです。
「どう決まったか」で、同じ額の受け取り方が変わる
分ける役をくじで決めると、半々がいちばん多く出ます。ところが、役をオークションで買わせると半々はほとんど出なくなり、渡す額は3分の1ほどに。クイズの成績がよかった人を分ける役にした実験でも、半々に分ける人は減りました。相手にその役を決める資格があると思えるかどうかで、同じ額でも「不公平」の線が動きます。
ふだんの「分け方」を、そのまま持ち込む
ヘンリックたちが南米・アフリカ・モンゴル・パプアニューギニアなど15の小さな社会で同じゲームをすると、平均の申し出は26%から58%まで散らばりました。ふだんの暮らしで協力して得るものが大きい社会や、市場での取引が多い社会ほど、申し出は高い。研究者たちは、人は初めての場面で「これは暮らしの中の何に似ているか」を探して、いつものやり方で動く、と考えています。
では、分ける側が多めに渡すのは、やさしいからでしょうか。断る権利をなくして、相手は黙って受け取るだけにした「独裁者ゲーム」と比べると、答えが見えてきます。お金を払って行った実験では、2つのゲームの結果ははっきり違いました。大学生の独裁者ゲームでは、いちばん多いのは「1円も渡さない」で、その次が半々です。多めに渡すのは、公平でいたい気持ちだけでなく、断られるのが怖いからでもある、ということです。
03身のまわりの最後通牒ゲーム
「片方が決めて、もう片方は受けるか断るか」の形は、毎日のあちこちにあります。
場面ごとに見ると、こんなところに出てきます。
友達では
割り勘の数十円で空気が悪くなるのは、ケチだからではありません。実験で断った人たちも、1マルクが手に入るのを分かったうえで断っていました。揉めそうなら、額より先に決め方を言う。「端数は今日の幹事が持つ」「次はこっちが持つ」のように、言葉にするだけで受け取り方が変わります。
お金・買い物では
フリマで安すぎる値段を出されて、むっとして断る。断っても損をするのは自分だと分かっていても、そうしたくなるのは自然なことです。一度その場を離れて「この値段でも、売れないよりいいか」だけを考えると、腹立ちとお金の話を分けて決められます。断ると決めたなら、それも自分で選んだ値段です。
仕事では
チームの成果や報酬の分け方を、上の人だけが決める。額が同じでも、「どうやって決めたか」の説明があるかどうかで、納得のしかたが変わります。実験でも、役が決まった理由しだいで、分け方そのものが変わりました。決める側に立ったら、額といっしょに理由を伝える。受け取る側なら、額に不満を言う前に、決め方を聞いてみる手があります。
ケンカしたときでは
「たった数百円のことで」と言われると、かえって腹が立つ。それは、こちらが怒っているのが額ではないからです。実験でも、断った人は損を承知でした。「お金の話」と「扱われ方の話」を分けて言うと、相手も何に謝ればいいかが分かり、話がこじれにくくなります。
04「不公平だ」に振り回されないコツ
「断ると、自分は何を失うか」を一度数える
腹が立ったときに断るのは、人としてごく普通の反応です。そのうえで、断ると自分の手元に何が残るかを一度だけ数える。それでも断るなら、それは損を承知で選んだことで、後悔しにくくなります。
額と、決め方を分けて考える
もやっとしたとき、引っかかっているのが「額が少ない」のか「勝手に決められた」のかを分けてみる。決め方への不満なら、額が少し増えても消えません。言うべきことは「もっとちょうだい」ではなく、「次は一緒に決めたい」かもしれません。
分ける側に立ったら、相手の立場で一度受け取ってみる
自分が決める側なら、「これを出されたら、自分は受けるか」を考えてから出す。実験でも、分ける側の多くは半々に近い額を出しています。理由をひとこと添えるだけで、同じ額が受け入れられやすくなります。
損をしてまで断るのは、計算が苦手だからではありません。人は、お金と一緒に「どう扱われたか」も受け取っています。断る気持ちには、自分を安く扱わせないという、ちゃんとした理由がある。そのことを知っていれば、自分が断りたくなったときも、誰かに断られたときも、少し落ち着いて話ができます。
05もっと知りたくなったら
なかまの効果
次に気になりそうなこと
金額がうんと大きくても、断る?
多すぎる分け前も、断られる?
何度もくり返せば、損得どおりに受けるようになる?
どこの国でも、だいたい半々になる?
同じ棚の本
学びの棚で、この本の前と次に並んでいる2冊。